【慶應義塾】チームスローガンは『GRIT』
2018年、春夏で甲子園に出場した慶應義塾高校野球部。そんな神奈川の強豪校はオフシーズンにどんな練習、トレーニングに取り組んでいるのか? そこにはどんな考えや意図があるのか? チームを率いる森林貴彦監督にお話を伺った。
選手が提案したスローガン『GRIT』
一塁側・三塁側ベンチには、『GRIT』と書かれた言葉が貼ってあった。日本語に訳すなら、「やりぬく力」となる。
「11月ぐらいから貼ってありますね。選手が決めたチームのスローガンです」
サブタイトルとして、「What goes around comes around」という言葉が見えた。意味を聞くと、「何ですかね……。選手に聞いてみてください。きっと、誰かが訳してくれます」と笑った。
スローガンは、定期的に開かれる選手ミーティングで決まる。そこに森林監督は全く介入していない。「GRITに決まりました」と事後報告を受けるぐらいだ。
以前の取材でこんな話をしていた。
「監督の知らないところでミーティングが行われていて、大事なことが決まって、実行されていく。とてもいいことですよね。ひとりひとりが頭を使って、このチームがどうしたらよくなるのかを考えている。そういうことが楽しいと思ってくれたら、また面白くなりますよね」
高校生を預かる指揮官として、なかなか言えることではないだろう。
今年、「GRIT」を提案したのは、2年生の千坂卓海だ。短くてインパクトのある言葉ということで、スローガンに採用された。
「中学2年生のときに、野球部の先生(宮城・松島町立松島中の猿橋善宏先生)から教えていただいた言葉です。今だけではなく、将来生きていくうえで大切な言葉だと教わって、何をするにしても“やり抜くこと”を大事にしてきました。GRITに関する本も読んで、感銘を受けました」
千坂から話しを聞いた森林監督も早速、書籍を購入。監督自身が本を読んだうえで、GRITに関するミーティングを開いた。手帳には、やりぬく力を手に入れるためのキーワードとして、「興味、練習、目的、希望」という言葉がメモされていた。さらには、「才能×努力=スキル」「スキル×努力=達成」という方程式もあった。
「言われてみたらそうだよなと思うことが多いですが、腑に落ちることがたくさんありました。いかに努力が大事か。でも、努力していない高校生はいないと思います。みんな、努力をしている。その中で、どんな方向性に進もうとしているのか。その選手に合った方向性を考えていくのが、今の監督の役割だと思っています」
どこを目指していて、そのために今何が足りなくて、どんな練習をすべきなのか。向かうべき道や目的が明確になれば、練習に対する意識が変わる。
自分で考えて、創意工夫をして、行動に移す
チームではセクション(バッテリー、内野手、外野手など)ごとにいる学生コーチが主導となり、選手ひとりひとりと面談を実施。そこで、方向性をしっかりと定めるようにしている。
「理想はオーダーメイドです。選手ひとりひとりが、自分の課題やテーマに合った練習をしていく。ただ、人数や練習スペースの問題で、現実的には難しいところがあります。今は大まかなメニューの中で、個々の課題に取り組むようにしています」
たとえば、ノック。逆シングルが苦手であれば、ノックの中で逆シングルを重点的に練習する。同じノックであっても、何を課題にするかによって、その意味合いが変わってくる。
「漠然と練習に取り組むことほど、無駄なことはありませんから」
選手の考えを引き出すために、「今のプレーはどういう考えでやったの?」と、質問を投げかけることが多い。「ハイ!」という威勢のいい返事は、一切期待していないし、要求もしていない。
「自分で考えて、創意工夫をして、行動に移していく。何をやるにしても、意見や意図を持った人間に育ってほしいと思っています」
結構珍しいのでは……と思ったのが、ホワイトボードに記された1日の練習スケジュールだ。メニューの横には必ず開始時間が書いてあり、練習終了の時間も明記されていた。
「極力、練習の延長はナシ。タイムスケジュールに沿って、進むようにしています。こうやって時間とメニューを提示することによって、選手は次に向けての準備ができます。予定がなければ、準備することも考えることもできませんよね」
取材から数日後には静岡・伊豆市に向かい、2泊3日のトレーニング合宿に入った。今までは3日間ともにトレーニングにあてていたが、2日目の午前中には地元の高校を借りて、実戦練習をやる日をもうけた。これも、昨年とは違った変化であり、挑戦である。
現状維持は衰退の始まり――。
リスクを恐れずに、チャレンジを続けていく。