【今、野球と子供は。】サッカーに大きく水をあけられた野球の「普及活動」

今、野球界では「未就学児、小学校低学年が大事」という共通認識がひろまりつつある。ユニフォームを着てグラブをもってグランドにやってくる子供に野球を教えるよりも、それ以下の「野球を知らない」、まだどんなスポーツも「選択していない」子供へのアプローチが大事だ、という認識が一般的になりつつある。

積極的に幼児にアプローチするプロ球団

NPBの各球団でも、幼稚園、保育所への訪問活動を活発に行っている。
埼玉西武ライオンズは、埼玉県内の独立リーグや女子プロ野球、女子ソフトボールチームと共同で「プレイボール!埼玉」と銘打って広範な普及活動を展開している。
横浜DeNAベイスターズは、スターマンカーやチアガールdianaによる幼稚園、保育所、小学校低学年への訪問活動を行っている。
讀賣ジャイアンツは、ジャイアンツアカデミーに幼児コース、低学年コースを設け、野球教室を展開している。
千葉ロッテマリーンズは、マリーンズベースボールチャレンジと銘打って小学校訪問を展開している。
東京ヤクルトスワローズは、ベースボール型授業の普及、ボールの投げ方教室を小学校で行っている。
こういう形で、多くの球団が「地域貢献活動」の一環、あるいはジュニアチーム、アカデミーの一部門として未就学児、小学校低学年への普及活動を行っている。
そのやり方、開催頻度などは球団によって異なるが、こうした「普及活動」の第一の目的が「子ども達に野球を好きになってもらう」である点は共通している。
昭和の時代、子供は親の影響もあり「ナショナルパスタイム(国民的娯楽)」であるプロ野球に早くから親しみ、小学校に入るころには大半が、野球ファンになっていた。
しかし、今は野球への接点が非常に少なくなり、子供たちの「野球のすそ野」が消えてしまっている。NPB各球団は、このすそ野を再び作ることを最重要の目的にしている。

高校野球も普及活動を開始する

高野連は今年、「高校野球200年構想」を発表、その第一番に、
【普及】
○子ども向けティーボール教室の開催
○※200年構想のプレーボールイベント開催
○※ティーボール用具を都道府県連盟に配布
○※ちびっ子ベースボールフェスティバルの開催
※幼稚園、小学校の教諭向けに講習会を開催

を掲げている。
NPBの普及、振興の関係者はこの「200年構想」を見て、「我々と考え方は一緒だ。共に手を携えてやっていきたい」と語った。
確かに行動計画そのものは、NPB各球団が展開している普及活動と同じだが、その目的も同じかどうかは、検証する必要があるだろう。

現在、各地で高校野球の元指導者が少年野球の現場に招かれ、野球の指導を行っているが、元指導者の多くは、小学校低学年の児童を前に「気をつけ、礼」と挨拶をさせる。バラバラに挨拶をすると、それが揃うまで何度もやり直させたりする。また、号令をかけてグランドを走らせることも多い。

こうした元高校野球指導者は、これまでの野球指導の考え方をそのまま幼児の指導でも適用している。
「この頃の子は親から甘やかされているから、こういう時には厳しくしないと」と語る元指導者もいる。
確かに野球指導の上で、挨拶や規律も重要な徳目ではあろう。しかし、今、子供たちの周辺から野球文化が消えている中で、重要なことは「野球」を知ってもらい、好きになってもらうことだ。礼儀、規律よりも「野球好き」を作ることの方が優先順位が高い。

「野球を教えてやる」「鍛えてやる」という上から目線の指導方針では、今、目指しているすそ野拡大の動きは望むべくもない。今後、200年構想で始動するであろう高校野球と、すでに普及活動を行っているプロ球界は、同じ目的を共有しているのだから、何らかの形で意識と方法論のすり合わせが必要だろう。
減少したとはいえ、高校の硬式野球部は全国に4000校弱もある。12球団のプロ野球よりもはるかにきめ細かな普及活動ができる。ぜひ、プロアマが共同歩調をとってほしい。

親を「野球ファン」にする必要性

未就学児、低学年の普及活動でもう一つ重要なことは「親を巻き込む」ことだ。NPB各球団の普及活動の多くは、親子での参加であったり、親の見学を許可したりしている。
今の子供の親の世代の多くも、野球に親しみがなくなっている。
幼稚園、保育所の取材をしていてたびたび耳にするのは「シングルマザー」の存在だ。今は男親がいない家庭がかなり多い。こういう家庭では野球に触れる機会はほとんどない。両親が揃っていても、父親が野球に興味がない場合も多い。
今の幼児とその親は、基本的に「野球を知らない」と考えるべきである。子どもがスポーツを選択する動機として「親」の存在は非常に大きい。子どもが興味を持った時に、親がトリガーを引いてスポーツを選択させることが多いのだ。
つまり幼児、低学年への普及活動をする際は、「親」へのアピールが非常に重要なのだ。あるプロ球団の関係者は「若くてスマートな元プロ選手のコーチが親切に指導をすることで、母親をファンのすることが重要」と語る。
こういう普及活動の現場で、旧来の野球好きの父兄のように「少々厳しくてもいいから、我が子を鍛えてやってほしい」という親はまずいない。
自分の子が大事に扱われていること、そして楽しそうにしていることを親にアピールすることが非常に重要だ。
「親の視線」を常に意識して、親も「野球好き」にしてしまうような指導をすることが非常に重要だ。

「体験」レベルの野球、「教室」になっているサッカー

プロ野球の普及担当者に聞くと、幼児、低学年への普及活動は「まだ結果が見えない」としながらも「それなりに手ごたえがある」との答えが返ってくる。
10年前まで、こうした普及活動は全く行われていなかった。それを考えれば今は「やったらやっただけのことがある」段階だと言えよう。
しかしながら、今の普及活動は「体験」の域を出ていない。1時間ほど子供たちに「野球遊び」をさせる程度だ。
そのあと、子供たちが野球に興味をもって「野球遊び」を始めようとしても、用具も場所も仲間もいないのが現状だ。
プロ野球の普及活動は、年々数も増えている。中には、プロチームの野球教室が年中行事になっている幼稚園などもある。しかし、それでも子供たちが「野球遊び」を体験するのは年に1回程度だ。
讀賣ジャイアンツはジャイアンツアカデミーで幼児野球教室を行っているが、他にそうした常設の教室を設けている球団はない。この点が、サッカーとは決定的に違っている。

サッカーでは全国に幼児向けのサッカー指導を専門に行う「キッズリーダー」が約1000人いる。そして3歳から子供を受け入れるキッズスクールが全国にある。Jリーグのチームが下部組織として持っている場合もあるし、地域のスポーツクラブが運営している場合もある。また個人で運営しているものもある。
こうしたキッズスクールでは、週1~2回、定期的に「サッカー遊び」を経験し、段階的にサッカーへの理解を深めることができる。
指導するのは、JFAのライセンスである「キッズライセンス」を持つキッズリーダーだ。JFAの基本理念である「プレイヤーズファースト」や「グラスルーツ」などの考え方に基づき、子供たちを「サッカー好き」にするような指導が、全国一律のプログラムで行われている。

子供にその競技を「好きになってもらう」アプローチにおいて、野球とサッカーには決定的な差異がある。このことも認識すべきだ。(取材・写真:広尾晃)