高校生ランナーと一緒に断続的断食をすると?

ランナーはもちろん、真剣にスポーツをしている人は、ダイエットとか栄養学の話題に敏感にならざるを得ない。長距離走なら体重が軽い方が有利だけど、ただ痩せるだけではスタミナまで減らしてしまう。スプリンターなら強靭な筋肉を身にまとわないといけないけど、必要以上に太ってしまったら、重りをつけて走るようなものだ。

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日々トレーニングを積み重ねるうちに、アスリートの体は自然とそのスポーツに合わせて変わっていく。だから太ったマラソンランナーをオリンピックの舞台で見ることはないし、ガリガリに痩せた砲丸投げの選手もいない。そうした最高峰レベルの競技者ではなくとも、少しでも速く(あるいは長く)走りたいと思うのなら、トレーニングと同じぐらい、日々の食事は大切だ。「今日は10キロ走ったぞ」と満足して、ビールとラーメンをお腹に入れてしまっては、精神的な幸福感は別にして、体重コントロールという意味では台無しになってしまうのだ。

ぼくは高校クロスカントリー走部の監督の他に、クロスフィット・ジムでコーチもしている。痩せたい人からも、デカイ筋肉をつけたい人からも、食事についての質問を受けることが多い。自分自身も様々なスポーツをやってきたので、必要に迫られて体重を減らしたことも、逆に意識して体重を増やしたときもあった。普通の人よりは栄養学について調べたり考えたりしてきたつもりだ。

昔の常識は今の非常識?

困ったことに、栄養学というものは定説がコロコロ変わっていく。昔は常識だったことと全く反対のことがもてはやされたりする。今ではすっかりお馴染みになった糖質制限ダイエットだって、数年前までは非常識な新説だったのだ。「痩せたいのなら、脂肪分をカットしろ」、「炭水化物は大切だから、お米やパンは抜いてはいけない」と言われてきた人は多いだろう。ぼくも極端に脂質をカットするやり方で体重を減らしたことがある。ところが、それとはまったく反対のやり方が糖質制限ダイエットでは説かれている。

このように、『○○ダイエット』という単語が毎年のように現れては消えていく。アメリカの、スポーツ栄養学の分野で2019年の流行語を選ぶとしたら、前半は『断続的断食』(Intermittent Fasting)、後半は『植物由来ダイエット』(Plant-based Diet)になるのではないか。どちらもスポーツ関連のメディアでよく取り上げられ、ジムでも話題になった。後者の植物由来ダイエットについては他のところで散々書いてきたので、ここでは断続的断食について書いてみたい。なぜなら、後述する事情があって、この断続的断食をぼくは今年、高校生ランナーたちと一緒にやる羽目になったからだ。ダイエットや健康の話題ではなく、ランナーと栄養学の関連がテーマなのだと理解してくれてよいと思う。

断続的断食とは

 断続的断食とはつまり、食べ物を全く摂取しない時間帯を定期的に、且つ連続して設けることだ。様々なパターンがあるけど、代表的なものを挙げると、以下のものがよく使われる。

  • 16:8ダイエット: 1日のうち、食べ物を摂取しない時間帯を16時間、摂取する時間帯を8時間に分ける。
  • 5:2ダイエット:1日の総カロリー摂取量を女性は500カロリー以下、男性は600カロリー以下にする日を週2日(連続してはいけない)設ける。
  • 24時間断食:24時間食べ物を摂取しない日を週に1回ないし2回設ける。

有名な芸能人から医療関係者まで、様々な人がこの断続的断食はダイエットに良いだけではなく、長期的な健康効果があると主張している。ここではその是非を問おうとは思わない。だが、これらが以前の常識に反するやり方であることは間違いないだろう。食事を抜くとドカ食いして体重がリバウンドしてしまうとか、血糖値を安定させるために食事の回数を多くしろ、などと言われてきたのは何だったのか、という話である。

実験1:偶然発見した16:8ダイエットとランニング

上のパターンの中で最も取り組みやすいのは16:8ダイエットだろう。元々朝食を食べない人は多いが(そしてそれは健康に良くないとされてきたが)、お昼まで何も食べない人は前日の夜8時までに食事を済ませておけば、それだけで16:8ダイエットのパターンに当てはまる。

この16:8ダイエットをぼくは夏の間、2か月間に渡って行うことになった。きっかけは息子がやっていたクロスカントリー走部の朝練だ。彼らの練習は朝の7時に始まり、9時過ぎに終わる。それから家に帰ってきて朝食を食べるのは10時近くになる。ぼくの家では夕食は早く、午後6時前には食べ終わっていることが多い。つまり前日の夕食から次の食事までは16時間あるのだ。

一昨年までは早起きをして、朝食を食べてから練習に行っていたのだが、昨年からまったく何も食べないで家を出るようになった。理由を聞くと「朝食を食べると走っているときにトイレをしたくなる」ということだった。

思わず笑ってしまったが、本人にとっては切実な問題だったようだ。彼らは毎朝10キロ以上、ときには20キロ近くを走る。それもペースを決めて集団で走る。トイレに行く時間などないし、そもそもコースの近くにトイレがあること自体が稀なのだ。

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朝の7時からウォームアップが始まる

最初に気になったのは、そんな空腹の状態でちゃんと走れるのかということだった。長時間走る前にはエネルギー源となる糖質をなるべく多く体内に貯めておくべきだとするのが以前までの常識だったし、ぼく自身もその頃まではそう考えていた。マラソンを走る前にカーボ・ローディングをしていた時期もある。

だが、息子は食べないで走っても平気のようだった。体はどんどん引き締まったランナー体型になっていき、タイムも飛躍的に向上していった。元々そのような時期だったのかもしれないが、むしろ食べてから走っていた頃よりランナーとしての成長度が高いようでもあった。

そうなると、今までの常識が間違っていたのではないかという考えがぼくの頭に浮かんできた。だから、今年の夏は自分でも16:8ダイエットを試してみようと思ったのだ。ぼく自身も別の高校で同じ時間帯で朝練を指導するので、息子と同じように朝食を食べなければいい。生徒たちと一緒に走るのも同じだ。

6月から8月にかけて、2か月間16:8ダイエットをやってみた結果、ぼくの体重はまったく変化しなかった。体重を減らすことが目的ではなかったから、ぼくにとっては何の問題もないわけだけど、痩せたい人にとってはあまり良い情報ではない。もっともぼくは、午後6時以降は固形物は食べなくても、ビールはしっかり飲んでいた。夏の夜をビール無しで過ごせるわけがないではないか。それにもかかわらず、体重が増えなかったのは、むしろダイエット効果はあったのだとするべきかもしれない。

ランナーとしてのぼくは、このやり方でもスタミナ不足に陥ることはなかったし、むしろ調子が良くなっていると感じていた。心配していたように、お腹が空いて走れないということはまったくなかった。体が軽い分だけ軽快に走ることができるのは当たり前だし、少なくともお腹が重いよりはずっといい。ぼくはこの実験を通してそのように感じた。

実験2:24時間断食をやった翌日に走れるか?

24時間断食の方は、実行するにはもう少し覚悟が必要だった。ぼくが指導する学校はユダヤ系の私立一貫校だ。ユダヤ教の教えが尊重されるし、ユダヤ教に基づく祝日は学校が休みになる。その祝日の中には断食をするものがあるのだ。今年は10月8日だったヨム・キプル(贖罪の日)もその1つだ。前日の日没から当日の夜まで、ユダヤ教徒はまったく何も食べないだけではなく、飲み物までも完全に断つ。正確には25時間を飲まず食わずで過ごすのだ。

運の悪いことに、今年はヨム・キプルの翌日に地域リーグの公式レースが予定されていた。高校のスポーツ連盟はユダヤ教の祝日までは考慮してくれない。そうなるとぼくの生徒たちは、断食をした翌日にレースを走らなくてはいけなくなる。昨年までは、この祝日の翌日は練習さえも休みにしていたのだ。

ボクシングでは、以前は試合の当日に計量をしていたが、現在では前日に行っている。極限まで減量した直後に試合をするのは危険が大きいからだ。総合格闘技団体のONEでは選手の安全のために水抜きを禁じ、計量も段階的に行っている。飲まず食わずと言うのは簡単でも、やはり体に与えるダメージは深刻なのだ。

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ダイエット目的の断続的断食では水は制限されない

たとえ公式レースであっても、生徒たちの安全と健康は最優先事項だ。だから、レースへの参加は任意とした。半数ぐらいの生徒が欠場すると言い、残りの半数ぐらいがそれでも走ると言ってきた。そうなると指導するぼくとしては、25時間断食した翌日に5キロのレースを走るということがどのようなことなのかを知る必要が出てきた。そうでないと、レースを走る生徒たちに頑張れと言えばよいのか、無理をするなと言えばよいのか、それさえもわからないからだ。

だから、ぼくも彼らと同じ時刻に断食をやってみた。前述したように、ヨム・キプルでは食べ物だけではなく、水も飲めない。ダイエット目的の断食とはそこが大きく異なる。実際のところ、空腹はもちろん苦しいけど、我慢ができないというほどではなかった。それよりも、のどの渇きの方が何倍も大変だった。その間は体にまったく力が入らないし、何もする気にはなれない。ヨム・キプル期間中は労働や身体的活動を禁じるってことだけど、これでは動きたくても動けないというのが正直な気持ちだ。眠くてたまらず、普段はしない昼寝もした。起きている時間は、暇をつぶすのにも苦労した。食事をする時間が1日からなくなると、生活のリズムも狂ってしまうようだ。

なんとか25時間が過ぎて、断食を無事に終わらせることはできた。体重は3キロほど減っていたが、2,3日で元に戻った。肝心のランニングへの影響であるが、翌朝5キロぐらいのジョグをしてみると、やはり本調子では走れなかった。走り始めた当初は特に疲れやすいとは感じなかったし、体が軽い分だけ楽な気さえもしたのだが、少しでもペースを上げると途端に苦しくなった。25時間断食の翌日でもジョグならできる。だけど、ランナーのパフォーマンスは落ちる。それが自分の体で実験したぼくの結論だ。

だから、レースで走る生徒達には、タイムを気にしないでゆっくり走れと指示した。君たちは25時間断食という大変な困難を成し遂げた直後にスタートラインに立つだけで既に偉大なのだから、と。

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レース前の女子チーム。これでも真剣なのである。

結果としては、いつもにも増してチーム成績は悪くなったが、誰も体調を悪くすることはなかった。幸いなことに、ぼくの生徒たちは頑張れと檄を飛ばすときよりも、ゆっくり無理をするなと言ったときの方が素直に言うことを聞く。困った連中だが、このような時は好都合だ。何よりも、彼らと同じ体験を共有できたことは、ぼく自身にとっても良いことだったと思っている。