10736日間で途切れた「連日ランニング記録」に思うこと

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昨年のクリスマス・イブのことだから、もはや旧聞に属する話題なのだけど、ランナーたちのモチベーションを強烈に刺激するニュースが米国3大テレビ・ネットワークの1つであるCBSで放映された。

ペンシルバニア州ピッツバーグ市にあるボールドウィン高校でクロスカントリー走部のコーチを務めるリッチ・ライト氏が約30年間、正確には10,736日間に渡って続けた連日ランニング記録がこの日に途切れた。ライト氏は1990年に走り始め、それ以来雨の日も雪の日も、最低1マイル(1.6キロ)以上のランニングを欠かすことがなかった。背中の故障により、右足の感覚がなくなってしまったため、数日後に手術を受けることが決まり、ついに走り続けることを断念せざるを得なくなったということだ。

この日、ボールドウィン高校にはライト氏がかつて指導した生徒たちやライバル校のランナーたちまでが大勢集まり、ライト氏とともに陸上トラックを4周した。はっきりとはわからないけど、映像で見る限り、その人数は100人を超えていただろう。

ライト氏はそれらの人々に囲まれて、歩行器を押しながらトラックをゆっくりと走り、最後の100メートルは教え子のランナーに両肩を担がれてゴールした。

ピッツバーグの冬は厳しい寒さで、氷点下10度以下になることも多いと聞く。それでいて夏は蒸し暑く、雨量も多い。けっして屋外でのランニングに適した気候であるとは言い難いのだが、ライト氏は生徒たちを指導するだけではなく、走り続けることの大切さを自らの背中で見せてきたのだと思う。手術が無事に成功したら、また走り始めるとライト氏は涙ながらに語っていた。

半世紀以上に渡って走り続けるランナー

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1年365日、それを30年間、毎日走り続ける。言うだけならタダではあるが、まさに偉業としか言いようがない。なにしろ、あの比類なきフォレスト・ガンプだって、走り続けたのは3年、2か月、14日、そして16時間なのだ。

さらに驚くべきことに、フォレスト・ガンプよりはるかに長きに渡って毎日走り続けている人はライト氏だけはない。『United States Running Streak Association』という団体がある。『全米連続ランニング協会』とでも訳すべきだろうか。ともかく、その団体のホームページでは1日最低1マイル(1.6キロ)以上を連続して走り続けている人たちの公認記録を公開しているのだが、そこには超人的としか表現のしようがないランナーたちが並んでいる。

トップにランキングされているジョン・スザーランド氏は1969年5月26日以来、現在に至るまで、つまり半世紀以上に渡って、連日ランニング記録を今でも更新中だ。他にも30年、40年以上走り続けている人がたくさんいて、前述のライト氏はこのランキングでは67位でしかない。

考えてもみてほしい。何しろ1969年の夏である。ブライアン・アダムスが人生最良の日々を送り、ホテル・カリフォルニアで最後のワインがサーブされた、そんな大昔のことなのだ。ベトナム戦争のまっただ中で、奇しくもスザーランド氏が走り始めたのと同日の5月26日、ジョン・レノンとオノ・ヨーコがカナダ・モントリオールで平和を訴える2度目の『ベッド・イン』を開始している。

その後ベトナム戦争が終わり、ジョン・レノンが殺され、冷戦が終わり、ソ連邦が解体され、東西ドイツが統一され、ワールド・トレード・センターに飛行機が突っ込み、中国が日本を抜いて世界第2位の経済大国になった。こうして世界が激動するなかにあって、スザーランド氏は1日も休むことなく、黙々と(とはぼくの想像だが)、走り続けてきたというわけだ。

何もそんな社会的な事件ではなくても、長い年月の間には、私生活の面でも様々なことが起きたにちがいない。ぼくはスザーランド氏の健康や家庭については、何の知識もない。だが、50年生きてきて、ずっと体調が良く、悲しい出来事は何1つなかった、なんて人がいるわけがない。それでも毎日走り続けるということは、単なる運動や習慣とは別次元での、やむにやまれぬ個人的動機があるはずだ。それが何だったのかはわからないけど。

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走ることがいつも楽しいとは限らない

超人ならざるぼくらはどうするか

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最後尾の黒いシャツがぼく。高校生たちと走ると、背中を見せるどころか、背中しか見えない

ところで、ぼくもライト氏と同じく、高校でクロスカントリー走部のコーチを務めている。それではライト氏と同じように、雨が降ろうが、槍が降ろうが、走り続けているか、生徒たちにもそのように指導しているか、と問われると、お恥ずかしいことにまったくそうではない。

それどころか、毎日走っていたら怪我をするし、飽きてくるし、あまり良いことはないぞ、と指導しているくらいだ。ひどく暑い日や雨の日にわざわざ外を走らなくても、室内でやれることはたくさんあるぞ、とも言い聞かせている。ピッツバーグに比べると、ぼくらが住む南カリフォルニアは、はるかに温暖で雨もずっと少ないにもかかわらずだ。

前にも書いたことだけど、ぼくの生徒たちは、頑張れと言ったときより、無理をするなと言ったときの方が素直に言うことを聞く。だから、シーズン中でも走るのはせいぜい週に4~5日くらいだし、最高気温が35度を超えるような日の練習は冷房の効いたジムで行う。

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高校のジム。暑い日はここで練習を行う。このような恵まれた環境からはハングリーなランナーは生まれない

若者よ、大志を抱け

ぼくの専門は、ストレングス&コンディショニングだ。ランナーの能力を高めて、また怪我のリスクを減らすためには、毎日休みなく走り続けることは効果よりも逆効果の方が大きいと思う。それよりも、走る日と走らない日を設けて、走らない日には別のトレーニングをするべきだとも思う。

だが、そのことは、上で紹介した超人たちが行っている偉業の価値をいささかでも減ずるものではない。ぼくの彼らに対する尊敬の念も変わらない。

だから、これを読んで、自分でもやってみようと奮い立った若い人がいれば、明日からとは言わず、今日からでも走り出してほしい。

若い人に勧めないで、自分でやれたら一番なのだが、それは無理だ。ぼくが今日から毎日走り始めたとして、50年を達成する頃には100歳を越えてしまうからだ。こういうことは老後に備えた積立貯金のように、始めるのは若ければ若いほど良いのだ。

生徒たちにも、よく言い聞かせている。「俺の言う通りにやれ。俺がやる通りではなく」

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