嘆くか感謝するか、ロックダウンされた街に住むランナーの視点

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今まで、このコラムで時事に関する話題に触れることはあまりなかったのだけど、2020年3月は、数少ない例外になるだろう。というより、これが最初で最後になることを願っている。

この原稿を書いている3月24日現在、ぼくが住むカリフォルニア州全体は『ロックダウン』と呼ばれる状況にある。新型コロナ肺炎の感染拡大をうけて、すべての学校は閉鎖され、生活必需品や医療関係以外の商業施設は営業を停止し、市民は不要不急の外出をしないよう呼びかけられ、家族以外の集まりも禁止されている。外食もできないし、映画を観ることもできない。もちろん、スポーツジムもすべて休業を余儀なくされている。

こうなると、ぼくのようなスポーツ指導者はお手上げだ。まずコーチをしている高校野球部が無期限の活動停止になった。続いて、クロスフィットのジムも閉鎖になった。個人レッスンも中止せざるを得なくなった。

収入のことはさておいて、1スポーツ愛好者としても、この状況は厳しい。ジムで筋トレもできないし、テニスコートもプールもすべて閉まっている。週1回の楽しみである草野球も再開のめどがつかない。

だが、外を走ることはできる。今のところではあるが、公園は市民に開放されているし、ジョギングや散歩などは制限されていない。家族連れで散歩している人たちは、むしろ普段より多いぐらいだ。

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中止が相次いだランニング・イベント

思えば、東京マラソンが一般ランナーの参加を中止して開催された3月1日の頃は、ぼくも含めてカリフォルニアの人々にとって、新型コロナ肺炎はどこか遠くで起きている出来事だった。もちろん中国や日本の様々な状況を伝えるニュースは入ってきていたが、それが自分たちに降りかかってくるかもしれないと実感をもって心配していた人は、少なかったのではないか。東京マラソンのちょうど1週間後、3月8日にロサンゼルス・マラソンが2万7千人のランナーを集めて予定通り開催されたことなどは、そうした雰囲気を象徴するものだろう。

だが、その後のたった1、2週間で状況は急変した。NBA(プロ・バスケットボール)はシーズンを中断し、MLB(メジャーリーグ)は開幕を延期し、NCAA(全米大学体育協会)はすべてのスポーツイベントを中止にすると発表して、全米からスポーツというスポーツが消えてしまった。そうなってからの展開は急で、カリフォルニアはあっという間に前述のロックダウンという状況に陥った。

そして、ぼくら市民ランナーにも影響は及んだ。5キロからウルトラマラソンまで、大小様々なレースが次々に延期か中止となったからだ。

ぼく個人の話をすれば、3月21日に走るはずだったハーフマラソン、3月28日に走るはずだった30キロのトレイル・ラン、そして今年前半の勝負レースと決めていた5月23日の『Mountain 2 Sea Marathon』までもが軒並み中止となってしまった。

昨年、ボストン・マラソン出場資格をかけて走ったこのマラソンレースのことは、コラムにも書いた。

参照記事:山から海へ向かって下る、正式なマラソンコースではない「高速マラソン」とは

今年こそはボストンへ行ってやるぜ、と昨年以上のトレーニングを開始したばかりだったので、とても残念だ。もっとも、そのボストン・マラソン自体も124年の歴史で初めて、2020年のレース開催を9月に延期しているわけだけど。

高校生アスリートたちに望みは残っているか

でもまあ、ぼくら大人はまだいい。レース参加費が払い戻されないとか、モチベーションが上がらないとか、不平不満を言えばキリがないけど、今年はガマンして来年走れば、それで済むことなのだから。失うものはそれほど多くはない。

気の毒なのは、部活動に励む高校生アスリートたちだ。ちょうど春のシーズンが始まったばかりで、野球、ソフトボール、バレーボール、水泳、陸上競技、テニスなどのスポーツがこれからレギュラーシーズンの中盤に入り、5月のプレイオフに向けて盛り上がっていこうとしていた矢先、すべての試合はもちろん、練習さえも突然禁止されてしまったのだ。

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閉鎖された野球場。球児たちが戻ってこれるのはいつになるか。

今、ぼくはある高校で野球部のコーチをしている。息子は別の高校の陸上競技部で走っている。どちらも高校生たちが熱心に練習する姿を間近で見てきただけに、彼らの落胆を我がことのように感じている。特に高校生活最後のシーズンにかけていた3年生たちのことを考えると、胸が痛む。高校を卒業したら、誰もが大学で好きなスポーツを続けられるわけではない。もちろん、プロの道に進むような生徒はごく少数だ。少なくとも、ぼくの身近には1人もいない。

カリフォルニア州全体の高校スポーツを統括する組織(CIF – California Interscholastic Federation)は、現地点では春のシーズンをこのまま中止するかどうかの判断を下していない。前述したように、大学スポーツは既に中止を決めており、高校スポーツも同様になる恐れは大いにある。

それでも諦めない高校生ランナーたちに励まされた

学校がいつ再開されるのか分からず、6月の学期末までに大会が開かれるかどうかも分からない。そんな状況にもかかわらず、息子と陸上競技部のチームメイトたちは、休校初日の朝から有志15人ほどが公園に集まり、彼らだけで自主練を始めた。息子を含めて、多くの3年生も混じっている。学校の施設は使えない。コーチから指導を受けることもできない。それでも、自分たちだけで練習をしようと言うのだ。

高校生たちだけで集まっているからって、ダラダラやっているわけではない。いつも通りのウォームアップから始まって、きついインターバル走を繰り返す本格的なものだ。なぜそんなことがぼくに分かるかと言うと、どんな風に練習しているのかな、とジョギングを装って見に行ったのだ。

自分の身内のことながら、ものすごく感動した。俺だったらきっと不貞腐れていただろうなあ。今どきの若者は、俺たちより100万倍もエライ! 俺も今からでも頑張らんと。そう思って、それ以来自分も毎日走っている。本当は彼らと一緒に走りたいが、ペースが違い過ぎるので、それは無理なのだけど。

残念なことに、彼らが自主練を始めて数日後には、屋内外を問わず、家族以外のすべての集まりを禁止するという通達がカリフォルニア州知事の名で出された。だから、彼らが自主的に集まることすらもできなくなった。

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こうして皆で一緒に練習できる日が待ち遠しい

そうなってからも、息子は毎日1人で走っている。同じように走っているチームメイトと道ですれ違うこともあるそうだ。彼らのモチベーションの高さには、本当に頭が下がる。

親としては、息子が何かに一生懸命に打ち込む姿を見るより嬉しいことはないし、同じ志を持つ友人たちに恵まれたことは、高校生活で得た最大の幸運だったと思っている。だからこそ、彼らの高校部活動の最後の日々が奪われないよう、今はどうかシーズンが再開されるようにと祈るばかりだ。

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公園で1人きりの練習。400m全速+200mジョグのインターバル走を16回!