最後まで笑顔で野球をすることが、僕らの“甲子園”〜僕たちのナツタイ 2021 千葉聾学校〜

「夏の頂点」を目指す気持ちはろう学校の選手も同じだ。関東8校ある「ろう学校野球部」の一つ、千葉聾学校の夏に密着した。障害のある選手たちは、高野連軟式大会と、関東聾学校野球大会の2つの頂点が目指せる。勝利と人間形成を目指し、努力する姿を追った。

千葉聾学校

千葉聾学校って?

聴力に障害のある児童、生徒に対して幼稚園・小学校・中学校・高等学校に準じる教育を施し、併せて障害による困難を補うために必要な知識、技能を授ける学校。千葉県内には他に筑波大学附属聴覚特別支援学校(市川)がある。千葉聾学校の監督・部長の以外の顧問は中村豊、川上浩一、高沢和哉、松野克洋、手塚清、中原憲汰、鶴岡徹、下口将、酒井健太郎、根橋沙也加、永井由理。

School Data

監督/藤田正樹
部長/野口 武 部員数/3年生1人、2年生3人、1年生5人(中学生10人)
創立1931年。最高成績は2016年関東聾学校野球大会優勝(軟式)。県高野連春季大会は〇25-0筑波大附聾、●1-8八千代松陰(3位)。

中高合同チームで築き上げた6年間の固い絆が自慢!

「野球部に入ると、仲間の大切さに気づき、困難を乗り越える力や、人を思いやる心が、育ちます。この力は『将来、社会に通用する力』です。野球部に入って素敵な中学生活にしよう!」。千葉聾野球部(以下チバロウ)の部活動資料には、藤田正樹監督の熱い想いが掲げられている。チバロウに入学する生徒は、中学生になると文化部、卓球、陸上、バレー、野球の中から部活動を選ぶことになる。


手話を交えて話す藤田監督。


昨年、創部初めて女子選手、持田琴音さん(中3)が入部した。

「野球はみんなが主役になれるスポーツ。失敗しても誰かが助けてあげられる。誰かの失敗をカバーできる。失敗してももう1回チャンスが回ってくる。一緒にやろう!」と藤田監督が呼びかけ、野球部は最も人気のある部活動になった。最初はみんな初心者だ。それが6年間で一つのチームになっていく。中高の監督を務める藤田監督は「素晴らしい野球は見せられないですが、みんなすごく良い子たちなんです。一生懸命やれる子たちであることには自信があります。卒業して、野球を続ける子が多いのが自慢です」と胸を張った。卒業生が初任給で買ったと思われるピカピカのグローブをはめて練習を手伝いに来てくれたときは、指導者になってよかったなと実感する。

目、表情、手話で意思疎通。ジェスチャーは大きく!がルール

障害のある選手が野球をする上で、ケガを防ぐためにチーム内で決めたルールがいくつかある。

① ボールから目を離さない。
② 後ろを向かない。
③ ジェスチャーを大きくする。
④ 声を出すことを遠慮しない。
⑤ 守備範囲のエリアを決めておく。
など。

「生徒たちは耳が聞こえにくいので、相手の目をしっかりと見て会話をします。声を出すことを躊躇する子もいますが、グラウンド内では大声を出さないと叱りますよ。最初はフライ捕球でぶつかることもありますが、次第に工夫するようになります」。失敗すると手話で確認しながら改善点を探す。練習中 は指導者も選手もジェスチャーを大きく、喜怒哀楽をはっきり表に出す。「将来のために『自分を表に出すこと』を、野球を通じて教えています」と続けた。  


名物階段上りでスタミナと筋力アップ!

ノックで好捕球を見せる大土主将。

目標は高野連軟式大会の勝利と、2016年以来の関東聾学校大会優勝だ。チバロウの強みは6年間で培ったチームワーク。成長記録ノートで個々の課題を明確化し、足りない練習は自主練習で補っている。技術練習のほかに、敷地内の階段上りや、冬場の100日2万スイングで体力をつけてきた。唯一の3年生、大土優凪主将は言う。「もちろん勝つことが目標。最後まで笑顔で野球をすることが僕にとっての“甲子園”です」。去年の3年生の分まで1試合でも多く戦いたいーー。最後の夏にかける思いは誰よりも強い。


顧問の数は合計13人。安全性を優先し部活動は最低2名の顧問が立ち合う。

Close up! ろう学校を指導して12年。「応援されるチーム」がテーマ

藤田監督は千葉県市原市出身、東海大付属市原望洋高校で主将を務め、東海大学では体育学部でコーチングを学んだ。卒業後、特別支援学校の体育教諭としてチバロウ5年、筑波大付属3年、チバロウ4年の計12年野球部を指導。「応援されるチーム作り~挨拶と返事ができる人間の育成~」をモットーとしている。「周りのことを考えない、自分中心の態度をすると本気で怒る。でも優しい先生」と選手たち。取材日の5月23日は39歳の誕生日の前日だったため、大土主将が得意の似顔絵をプレゼント。「LINEのアイコンにします」と満面の笑顔を見せた。

自立生活の練習場 寄宿舎に潜入!

遠方に住む生徒男女27人(うち野球部7人)が学校敷地内の寄宿舎で生活している。協調性や掃除洗濯などの習慣が身につき「社会に出るための訓練」と捉えている保護者も多い。共同生活を通して最後は兄弟のように仲良くなる、そんな寄宿舎に潜入〜!


写真左から小林隆太(高1 内野手)、黒下来偉夢(中3 外野手)。

整理整頓が行き届き、塵一つ落ちてない寄宿舎。掃除、洗濯、配膳。家でつい怠けてしまうお手伝いを、ここではキチンと生徒が行っている。小林君は「練習を教え合ったり先輩と一緒に自主練ができるところが良い。家よりここにいたいくらいです」と笑う。中学生の黒下君は寄宿舎に入って、初めて練習着を洗濯板で洗うことを覚えた。今は友達に教えられるほどの“名人”だ。自由時間にゲームをしたり、テレビをみたりする寄宿生が多い中、野球部の生徒は顧問の先生についてもらい、ティー打撃や壁あて(スローイング)の練習に熱中している。「野球が思い切りできるところがいい」と小林君は言う。いつかは親元を離れ、聴者と共存して自立した生活をしなければいけない。寄宿舎はその練習の場でもある。藤田監督は「一緒にお風呂に入って語り合ったりして楽しいですよ。家が近い生徒にも寄宿舎を薦めています」。「礼儀が身についた」と保護者にも大好評だとか。


毎週提出する野球ノートは、監督と保護者が返事を書く。心を通わせるツールの一つ。

無駄なものが一切ない、綺麗に整頓された部屋。遠方の生徒が平日の月~金の間、生活する。

ゴシゴシゴシ……と泥落としをする黒下君。「洗濯板を使っての洗濯は初めて」という選手がほとんど。


この日のメニューはピラフとアジフライ。たっぷり練習した野球部の選手たちはお替り率高め。お休みの選手のおかずが回ってきて山盛りに。明日のメニュー(写真右)も楽しみ♪

夕食後は自主練習タイム。穴あきボールを使って、ネットを張った小スペースでティー打撃。

勉強時間は全集中! 家ではだらけてしまう勉強も、仲間と一緒だとスイッチが入る。

火事や地震や水害などの緊急事態を「視覚」で伝える非常灯。全部屋に完備している。

目標は関東聾学校野球大会V! 相手が驚くプレーをしたい

チームのキーマン3人に話を聞いた。3年生が一人しかいない今のチームは、丹野君、大内君ら下級生も主力としてチームを引っ張る。“おちゃめ”な主将・大土君と、投げても打っても頼りになる大内君、守備とピッチングの精度に定評がある丹野君。彼らの高校野球への想いとは……?


写真左から丹野弘釈(2年 投手兼内野手)、大土優凪(3年 外野手兼内野手・主将)、大内 黎(2年 投手兼内野手)。

丹野 目標は関東聾学校野球大会優勝です。カーブ、スライダー、フォークを駆使してピッチングで勝利に貢献したい。エース番号をつかみたいです。ライバルである大内君に負けたくありません。野球の話をいつもしている1番の友達です。両親に感謝をしているけど、言葉にして伝えるのは……もう少し先になりそうです(笑)。

大土 小6の時、野球部の練習を見て、ある先輩に憧れたのをきっかけに中1から野球を始めました。ゲッツーを取った時や、ゴロを打つサインが出てエンドランで点を取った時がうれしいです。冬場は2万スイングを達成して自信がつきました。仲がいいチームなので今夏で引退するのは寂しいですが、キャプテンとしてみんなを引っ張り、勝ちたい。個人的には嫌がられるバッターになりたいです。

大内 ソフトボール投げで遠くに投げられたので野球部に入ろうと思いました。セールスポイントは肩とバッティング。遠投は90mくらい投げられます。ソフトバンクの上林選手に憧れています。卒業までに本塁打5本は打ちたい! 好きな言葉は「俺たちはできる!」。まだ優勝したことがないので、自分が出塁してチャンスを作って優勝したいです。


手話で選手ミーティングを行う大土君。キャプテンになってから周りが見られるようになり責任感が増した。6年間頑張ってきた野球を最後の夏で出し切る!

熱い保護者。スタンドの応援がチバロウの力!

藤田監督が「応援は関東NO.1」と自慢するほど保護者の結束が固いチバロウ。大会前はお手製のお守りを作り贈るのが恒例行事になっている。夏の公式戦になると、スタンドでメガホンを片手にどこよりも大きな声で選手を応援すると言う。最後の夏を迎える大土主将の母・美穂さんは「学年一人だけの部員だったので寂しい時もあったようですが『このまま頑張りぬけば良いことがある。長く続けることが力になる。これから先も頑張れる人になれるんじゃないの?』と声をかけました。野球部の仲間がいたからやめずに頑張れたのだと思います」と振り返る。


毎年作る保護者お手製のお守りの文字は「最高の挑戦者」「絆」など、その年のキャッチフレーズが縫い込まれている。

中1の時、初心者で入部した野球部。初めてヒットを打った時の喜びは美穂さんも決して忘れていない。野球を通じて「自分らしさ」を全面に出している選手たちを見つめながら「みんなが輝く夏になって欲しい。一致団結して一生懸命がんばったら、それが輝きだと思う。試合ができることに感謝して、去年の3年生の分まで悔いのないように出し切って欲しい」とエールを送った。


大土優凪君の母・大土美穂さん。

(取材・文/樫本ゆき 写真/廣瀬久哉)