【川和】東海大相模との激闘と「最後のミーティング」

春のセンバツ大会優勝校にして神奈川県内公式戦43連勝中の王者・東海大相模。そんな王者に全国選手権神奈川大会4回戦で一歩も引かない大熱戦を演じた公立高校がある。県内屈指の進学校としても知られる川和高校だ。最終回に力尽きたが、打っては二桁安打、守っても8回終了まで1点に抑えるなど、「ひょっとしたら」の期待を全国の高校野球ファンに抱かせた。その戦いぶりは「これと決めて攻めてくるチームには強みがある。あれは勉強になった」と敵将・門馬敬治監督をもうならせた。そんな激闘から一夜明けた7月21日、同校グラウンドの片隅で「最後のミーティング」が行われた。

頂点を目指して本気で勝負したから、君たちは“good loser”になれるんだ

大熱戦を演じた前日と同じ青い空と入道雲。肌の焼ける音が聞こえてきそうな強烈な日差しと蝉の声。野球部の姿のないグラウンドでは陸上部員がトラックを駆け、ラグビー部員達がウォームアップで汗を流している。

そんな様子を横目にバックネット裏の木陰では、練習着の野球部員たちが椅子に腰掛けて伊豆原先生を見つめている。3年生はもう練習着を着ていない。

 

以下、「最後のミーティング」で伊豆原先生が話した内容である。

 

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昨日も3年生には少し話をしたんだけど、みんなにも話しておきたくて。
……やっぱり負けは負けなんだよね。現実として7−1っていうさ、完敗なんだ。完敗。

凄く頑張ったねとか、川和の力を見られたとか、凄い称賛の言葉も多くあったと思う。それはそれで素直に喜んでいい。君たちが頑張った証なんだから。これは3年生だけじゃなくて2年生も1年生も自信を持っていいところだと思う。

なんだけど、最終的にはやっぱり7−1なんだよね。そこはやっぱり受け止めなければいけないんじゃないかと思う。その差を、2年生、1年生は実際に目の前で見て、どうやって埋めていったらいいのか、これから目指すべきはそこだと思うんだよね。埋めるために自分がどうやって、どうあるべきか? しっかり考えてみて欲しいところだと思う。

結果的に勝てるかどうかではなくて、勝つために自分自身がどうあるべきか? 勝ち負けは運も関わってくる話だから、そこはさ、またちょっと違うかもしれない。けれど、勝つことを目標にして頑張ること、努力すること、色んなものを重ねていくことって誰でもできることだと思う。到達できるかは分からないし、勝ち負けということだけにこだわれば、それは難しいかもしれない。ただ、勝つことに目標をおいて、相模との試合を、あの9回のあと2アウト分をどうやって自分たちで埋めていくのか、その差をどうやって埋めるのかっていうことを考えて野球をやる。受験勉強だってまったく一緒じゃん? 自分自身がいま、どこに向かってどういう目標で頑張っているのかっていうのと、何にも変わらないと思う。

じゃあ勉強はできて野球はできないのか? 勝てる勝負しかしないのか? 人生で、(ときには)負ける勝負でも、それでも勝負しなければいけないときってある。そうなったとき、君らはそこから逃げるのか?

負けることがダメなんじゃない。勝つ者がいれば負ける者は絶対にいる。good loserだよ。要は「素晴らしい負け」というのもあるんだよ、昨日の試合みたいに。

最初からgood loserを目指すのではない、勝ちに行ったからこそgood loser、「良き敗者」になれる。そこは受験勉強だって野球だって変わらないと思う。ぜひそこをみんなには分かって欲しい。勝利を目指して積み重ねるものがいかに大事なものか、いかに大切なものかっていうことを、3年生はちゃんと身をもって示してくれたと思う。ぜひそれを噛みしめて新チームはスタートして欲しいと思うし、3年生はその気持ちを今度は受験に向けて欲しいと思う。

やっぱり負けなんだ。野球で負けたんだ、相模に。やっぱり甲子園は遠いんだ。君たち3年生はもう2度と甲子園を目指すことはできない。どうやっても。プレーヤーとしてはね。けれどその負けをどうやって人生で取り返していくか? 昨日は負けたけど野球だって次のステージがある。人生はもっと長いし、どうやって君たちがこの借りを、一生をかけて返していくのか、跳ね返していくのか。より大きな勝者として輝いていくのかっていうことがものすごく大事。

勝負は野球だけでは決まらない。だけど今この時点では1、2年生の勝負は野球だ。3年生の夏までは野球で勝負なんだよ。その後は平行して準備している勉強で勝負になるんだよ。そしてまた野球をやるチャンスが巡ってきてそして人生のチャンスが巡ってくるようになるわけだ。

表現するものが野球なのか、鉛筆なのか、それとも人生なのかっていう違いだけで、常に勝負なんだよ。それを君たちがどうやって表現していくか、もっともっとやれるんじゃないかと思う。

この先、3年生たちが作ってくれた道を1、2年生は歩んでいく。でも3年生である今の57期生が作ってくれた道というのは56期生が切り開いてくれた道でもある。56期生は55期生を見て切り開いていった道でもある。そこをもっともっと広げて、もっといい道にしていかないとダメ。だから先輩って偉大なんだよ。

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届かなくてもいい、たどり着こうと死に物狂いで自分を高めることに意義がある

伊豆原先生は話し終わると、それまで話を聞いていたマネージャーを含む引退する11人の3年生に、後輩たちに言いたいこと、伝えておきたいことを順番に話すように促した。



「夏の大会は多くの2年生がベンチに入っていたので、そういう経験を他の2年生、1年生にしっかり伝えて、まずは秋の大会を全員野球で迎えられるように、この夏休みの1日1日を大切に頑張って欲しい」。

「秋が終わって冬がきたらトレーニングが結構キツいと思うけど、そこでサボったら冬が明けて練習試合が始まったときに痛い目をみるから、サボらずに仲間同士でしっかりモチベーションを保って頑張って」。

「自分が入部したときは全然ダメで下手くそだったけど、それでも最後の夏の大会でプレーできるようになれたから、全員可能性はあると思ってしっかり頑張って欲しい」

「自分が言うのもなんだけど体重は大事だと思うので、食事もトレーニングだと思ってしっかり頑張って」。

「冬が明けてからは筋力がなかなか上がらないから冬の間にやれるだけのトレーニングをして、技術は冬が明けてからでもいい。冬の期間をもっと大事に」。

「コロナとかでこれから先いつ練習ができなくなるか分からない。だからいつ練習ができなくなっても悔いが残らないように、日々の練習の一つひとつを真剣にやっていくことが大事」。

「自分は公式戦に出ることができなかった。練習試合の1試合1試合が大切だったんだなって今になって思う。だから本番を意識して練習試合一つ一つを大事にして欲しい」。

たどたどしくありながらも、どの言葉も川和高校野球部のDNAとして、これから後輩達に受け継がれ、遺っていくもののように聞こえた。

前日の好投でちょっとした「時の人」になったエースの吉田くんは少し照れ気味にこんな言葉を後輩達に遺した。

 「『球歴ドットコム』アクセスランキング5位になった吉田です(笑)。昨日帰ってからtwitterとか見ていたんですけど、公立高校が相模と互角に戦えたのは凄いっていうコメントがほとんどだったんですけど、自分はそれが結構悔しくて。川和に入ったときから相模とか横浜とか神奈川の強豪私学を倒すためにやってきたし、伊豆原先生が県外の色んな強豪私学と練習試合を組んでくれて、そういう相手と戦って経験を積んできたのに最後残り2アウトのところで打たれたのが凄く悔しかった。残り2アウトのところはやっぱり練習試合と練習でしか埋められないと思う。2年生、1年生は昨日みたいないい試合というか反面教師の試合を自分の目に焼き付けたと思うので、次の秋の大会からああいう試合で勝ちきれるチームになって欲しいなって思っています。野球のことで分からないことや聞きたいことがあったら、参考になるかわからないですけどいつでも聞きに来てください。待ってます。頑張ってください」。

3年生で唯一ベンチに入れなかった徳納くんはこんな言葉を遺した。

「3年間一生懸命頑張ったんですが、その結果ベンチに入れない、入れる実力になれなかった。2年生も1年生も自分みたいに、頑張ってもベンチに入れないかもって思う人もいると思うんですけど……それで悔しいとか諦めたりせず、最後まで頑張ってみて欲しい。ベンチに入れるか入れないかではなくて……得られるものも大きいと思うし、ベンチのメンバーを鼓舞することができると思うし、それでチーム全体で上手くなっていくんだという気持ちで一日一日を一生懸命やって欲しい。伊豆原先生の言うことを聞いて、野球を勉強して、練習して身に付けて、そうやって自分を表現できる期限は2年生の冬まで。それ以降は(序列を)ひっくり返すのはなかなか難しいと思う。だからそれまで本気で頑張って自分の力を磨いていって欲しい。頑張ってください」。

さまざまな制約がある中で30 分だけ行われたミーティング。最後は伊豆原先生から3年生たちにこんなエールが送られた。
 
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後悔はあるか? ない? あのときこうだったら、もしこうだったら。こうすれば勝てたんじゃないか? 絶対残っていると思う。残らないのは多分、夏の甲子園を制した1校だけだと思う。ということは全国のほぼ全員が後悔しているんだ。たられば、っていうのはどうしてもある、絶対に。だけど、後悔があるからいいんだよ、悔しいと思うからいいんだよ。それがモチベーションになる、だからいいんだよ。

 悔しいからこそ、人生でこの悔しさを晴らす。
何でもかんでも上手くいく人生なんかない、絶対に。俺みたいに紆余曲折して仕事をしている奴もいる。何でも自分の思った通りにとか、何でも順調になんてことはあっちゃいけないんだよ。大人になればなるほど折れやすくなって、折れちゃったら戻れないから。だから死に物狂いでやって上の世界を見ろ。上には上がいるから。勉強もそう。自分の行けるところ、じゃないんだよ。全員東大を目指せばいいんだよ、はっきり言えば。最高峰を目指すのが基本だ。でも届かないんだよ、俺等に実力がないから。だから(目標は)県でベスト8って言っちゃうわけだ。全国制覇じゃないんだよ、現実を見ちゃっているんだよ。

 でも、目指すことはできるはずだ。目指して何が悪い! 周りに笑われて何が悪い! 目指していいと思うよ、勉強だって目指そうよ! 人としても目指そうよ、人間性だって同じだよ。一番を目指すって凄く大事なこと。だけど届かなくてもいい、届くことが全てではないから。たどり着こうとして自分自身を高めることそのものに意義がある。

 君たちにはチャンスがあり、そしてそれだけの力があるんだよ。目指そうよ! 勉強でも1番を目指そう、夢を叶えよう。結果どうなったか? それは問題ではない。自分自身を高めて、そして最後に手に入れられれば最高。手に入れられなかったからといって負け犬ではない。そこにも必ず価値がある。むしろそこに価値がある。大人になってからじゃなくて、高校生であることに意味がある。人生の勝者になれるチャンスがその後に来るから、そこが大事。大学生としても、野球人としても勝者として輝けるように。頑張って。
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 そして、新チームを戦う1、2年生にはこう言った。
「3年生が忘れていったものが保土ケ谷球場にある。秋、それを取りに行く! 1、2年生全員で取りに行くぞ!」 

蝉の鳴き声が激しさを増すなか、新チームの鼓動が聞こえた。

(取材・文・写真/永松欣也)