【誉】イヒネ・イツア「誉だったからこそ成長できた」

中学時代は全くの無名。そんな選手達が集まる誉高校で、今プロの注目を集めているのがイヒネ・イツアだ。ナイジェリア人の両親を持つ大型遊撃手は、誉高校でどのような成長曲線を描いてきたのだろうか?

高校を選べる実力などなかった中学時代

身長180センチ、体重63キロ。上背はあっても紙のように薄い体では、打つにも投げるにもパワー不足は明らかだった。中学野球チームでの練習中、力いっぱい投げているのに、チームメートからは「ちゃんと投げろよ」と言われてしまう。イヒネ・イツアはそんな選手だった。

父・ジョセフさんと母・テレサさんの両親はともにナイジェリア人。ジョセフさんは若い頃、「足が速かった」と聞かされていた。息子・イツアもスラリと長い足が印象的な体型をしているが、中学時点では「実力がなくて、たまに代打かスタメンで出るくらい」の存在だった。

中学で所属した軟式クラブチーム・東山クラブは、全国大会常連の強豪だった。周りに好選手がひしめくなか、イヒネが「一人だけ飛び抜けていて、かなうはずもない」と感じた選手がいた。

内藤鵬(ほう)。こちらは中国人の両親を持つ、右の大砲である。軟式ボールがひしゃげて割れるのでは、と思うほど爆発的なインパクトで内藤はホームランを連発した。

内藤は東日本の数多の名門からの勧誘を受けた末に、打撃のチームカラーが濃い日本航空石川への進学を決めている。一方のイヒネは「行きたい高校を選べる実力なんてない」と、最初に声をかけられた誉に進学することにした。

誉はイヒネの中学3年時に夏の甲子園初出場を決めた新興勢力だったが、中学時代に名を馳せた有望選手が集う高校ではなかった。中学時代のイヒネを視察した矢幡真也監督は、こう振り返る。

「走っているさまを見て、『面白いかもしれないな』と思いました。中学の監督もポテンシャルは認めていて、『もしかすると、もしかするかも』とおっしゃっていましたね」

フィジカル強化と比例してパフォーマンスが飛躍的に向上

中学では潜在能力を発揮できなかったが、本人も高校入学当初から「育成(選手)でもいいからプロに行きたい」と高い志を口にしていた。入学当初は中堅手、続いて投手で起用されている。投手としては140キロの球速をマークしたが、フィールディングなど細かな技術に難があった。再び外野に回っていた高校2年の6月、イヒネにとって転機が訪れる。矢幡監督は言う。

「ショートのレギュラーがケガをして、イヒネに『やってみろ』と守らせてみたんです。付け焼刃だった昨夏は素人でしたけど、だんだんショートらしくなってきてハマった感じがあります。プロで専門的な指導を受けたら、エチェバリア(ロッテ)みたいになるかもしれません」

もともと打撃フォームも送球動作もクセはなく、誉のチーム全体で取り組むフィジカル強化と比例してパフォーマンスが飛躍的に向上していった。今では身長184センチ、体重83キロの強靭かつバネのある肉体を使いこなしている。イヒネは自身の大きな変化に驚きを隠さない。

「入ってきた時はスイングスピードが遅かったんですけど、今はかなり上がりました。サンドボールを遠くに飛ばす練習を1年間やり続けたところ、インパクトが強くなりました。トレーニングは下半身のスクワットやデッドリフトでとことん自分を追い込んで、背筋の力がだいぶ上がってきました」

すでに11球団のスカウトが視察に訪れ、周囲からプレーを絶賛されることも増えた。イヒネは「褒められて気持ちいい」と笑いつつ、こんな実感を口にした。

「野球の実力に直結する体づくりに取り組んできたので、誉だったからこそ成長できたのだと思います」

底なしのスケール感がある走攻守

高校通算16本塁打、50メートル走6秒2と驚くような数字はないものの、イヒネの現状をどうこう論じることにあまり意味はない。数年後、心技体と成熟したイヒネがまるで別人のように超人的なプレーを見せていても驚かない。イヒネの走攻守には、そんな底なしのスケール感がある。

「自分自身への期待感は持っていますか?」と聞くと、イヒネは「あります、あります」と即答して、こう続けた。

「まだまだ全然、実力が足りてないので。打撃も守備も、よく見るMLBの選手と比べて足りないところが多すぎて。だから早く『完成している』と言われるような、一流の選手になりたいんです」

誉で実施している遺伝子検査によると、イヒネの肉体は速筋優位で瞬発力が高く、持久力が低いという。また、筋肉や腱の強さがあり、柔軟性も高い。矢幡監督は「精神的な幼さもありますが、4〜5年後にプロのレギュラークラスになっている期待感があります」と語る。

気がつけば、イヒネは今や中学時代のスターだった内藤と肩を並べ、有力なドラフト候補として名を連ねている。

もしプロに行けたら、どんな存在になりたいか。そう尋ねると、イヒネは目を輝かせてこう答えた。

「プロで活躍して、大谷翔平選手(エンゼルス)のように誰もが名前をわかるような選手になりたいんです」

誰もが「イヒネ・イツア」の名前を知る未来。それは決して、夢物語ではない。
(取材・文:菊地高弘/写真:編集部)