【石丸伸二市長が語る行政×スポーツ】安芸高田市がサンフレッチェの支援に力を入れる理由
スポーツ業界に直接的には従事していない方々に、スポーツ産業の可能性や、他業界から見たスポーツ産業の特徴、業務でスポーツと関わる中で感じたことなどを話していただき、スポーツ産業が活性化するためのヒントをいただく企画『Third Perspective 〜第三の視点~』。
記念すべき第1回のゲストは、広島県安芸高田市の石丸伸二市長です。就任当初から議会や記者会見での歯に衣着せぬ発言が話題を呼び、安芸高田市を一躍有名な自治体に押し上げた石丸市長、地元出身でもありサンフレッチェ広島の熱心なサポーターとしても知られています。
今回は、安芸高田市がサンフレッチェを全面的に支援する理由や、行政とスポーツの関わり方、さらには前職のニューヨーク駐在時代に肌で感じたアメリカのスポーツ事情についてもお話を伺いました。
※本取材は、2023年11月(石丸氏の安芸高田市長在任期間中)に行われたものです。
サンフレッチェに安芸高田市のDNAを託したい
竹中 さっそくお話を伺っていきたいのですが、石丸市長が寄稿された「わが市を語る」の中で『毛利元就、サンフレッチェ、神楽』の3つを市の重要な要素として取り上げていたのが興味深かったです。
特にサンフレッチェが含まれていたことに驚いたのですが、石丸市長から見たサンフレッチェの位置付けや果たすべき役割について、詳しくお話いただけますか?
石丸 これは非常に深刻な話なのですが、我が市の人口は現在約2万7千人で、今後は確実に減少していきます。50年先か、100年先かはわかりませんが、残念ながらこの町はいずれ消滅すると思います。
しかし、これは我が市だけの問題ではなく、全国の同規模の自治体も遅かれ早かれ同じ運命を辿ることになるはずです。そんな中で、安芸高田市として後世に何を残したいかと考えたときに選んだものが、毛利元就、神楽、そしてサンフレッチェの3つでした。
竹中 歴史と文化とスポーツですね。
石丸 その通りです。恐らくサンフレッチェは安芸高田市よりも長くあり続けるでしょうし、日本という国が存続する限りサッカー文化も残るでしょう。安芸高田市を託したいという思いから、サンフレッチェを応援していますし、こういった発言をしてます。
竹中 そのような背景があったんですね。街を絶やさないことが発言の目的かと思っていました。
石丸 もちろん現時点ではそのような目的もあるので、サンフレッチェの力を借りて、安芸高田市を盛り上げたいと思っています。ただ究極的には、サンフレッチェに安芸高田市のDNAを託したいんです。私たちの願いや思いを、このチームを通じて後世に残していきたい。そのくらいの危機感を持って、自治体運営に取り組んでいます。
中学3年生になるとユース選手が地元の中学に…
竹中 地元出身の石丸市長にとって、サンフレッチェはどういう存在でしたか?
石丸 身近な存在でしたね。中学に上がるころ、地元に練習場ができてユースの選手が集まるようになったことが大きいかもしれません。実は彼らは、チームに入るために私の母校でもある吉田中学校に、3年生の3学期に転校してくるのです。
毎年恒例ではあるものの、3学期に突然現れる彼らの姿は、どこか大人びて見えました。同じ中学生なのに覚悟の量と質が違うなと。今も彼らの存在は色濃く印象に残っています。
竹中 現在もサンフレッチェに対して様々な支援を行われていますが、市の予算を投じてサッカー練習場を整備する理由や意義について、お聞かせいただけますでしょうか?
石丸 まず一番は街に活力を与えてくれることです。現在、吉田高校の生徒の1割がユースの選手。しかし人口減少の影響で、吉田高校の生徒数も右肩下がりの状況にあります。広島県内には廃校の危機に直面している高校もある中で、ユースの選手が毎年12人、3学年で36人、吉田高校に通ってくれているのは、それだけで本当にありがたいことです。
さらに、ユースチームがここで練習に励み、その中からプロ選手が誕生する。トップチームも同じ場所で汗を流す。そんな光景があることは、我々にとって誇りですよね。だから当然、市民はサンフレッチェを応援して、チームの勝敗を我が事のように喜んだり悔しがったりする。それはお金には換算できない、かけがえのない価値だと思っています。
竹中 一方で、現状感じられている課題や悩みなどはありますか?
石丸 まだどこか「吉田町のサンフレッチェ」という雰囲気があることでしょうか。サンフレッチェをここに呼んだ時には、まだ吉田町だったんです。その後、ずいぶん経ってから2004年に周りの5つの町と一緒になって安芸高田市が誕生しました。そういった背景もあり、一部の市民にとっては未だに距離があるように感じます。
ただ正直言うと、これほど長い付き合いがあるのに「この程度なのか」というのが就任時の一番の感想でした。サンフレッチェとは30年の付き合いがあって、市になってからも20年経過しているのに、未だに市民がチームを応援する体制になってない。サンフレッチェに対して申し訳ない気持ちしかなかったです。
支えてると言いながら、もちろん資金面での支援はしてきたものの、全然貢献できていませんでしたし、市民ももっと怒るべきだったと思います。毎年2千数百万円の税金が投下されていながら、市民にとってサンフレッチェが「関係ない」存在になっているとしたら、その政策は明らかに失敗です。なので、全部やり直すことを決めました。
サンフレッチェが勝てば安芸高田市の寿命が延びる
竹中 近年、全国各地でJリーグ参入を目指すクラブチームが激増しています。先ほどお話に出た通り、衰退の危機に瀕する地方都市に対して、プロスポーツチームがもたらす効果についてどうお考えですか?
石丸 これからの時代や経済を考えると、サービス業界、特にエンターテインメントの分野に大きな可能性を感じています。物質的な豊かさに限界が近づく中、人として何を追求するかという哲学的な問いに対する答えの一つが、文化やスポーツなのかもしれません。その中でも、とりわけサッカーの可能性は非常に大きいと考えています。
実は私自身、サッカーに関してはかなりのにわかなんです。サンフレッチェの選手は知っていても、他のチームや日本代表についてはほとんど分かりません。つまり、私がサンフレッチェを応援するのは、純粋に仕事としてなんです。もちろんサンフレッチェには多くのサポーターがいますが、私は誰よりも命懸けで応援している自信があります。
これはどういう意味かというと、安芸高田市の将来を考えた時、サンフレッチェの存在がこの街の生命線になると考えているということです。サンフレッチェが勝てば、安芸高田市の寿命がほんの少しでも延びる、そんな思いでいつも応援しています。
石丸 私がサッカーの可能性を強く感じるようになった理由は、前職でのある体験が大きく関係しています。当時ニューヨーク駐在をしていた頃、よくブラジルへ出張していたのですが、2014年のワールドカップの時期にたまたまブラジルにいたんです。その時のブラジルは、いつもとは全く違いました。
ブラジル戦の日には会社が休みになり、人々は家やバーで試合を観戦。私はその熱狂ぶりを目の当たりにして、サッカーの持つ力の大きさを知り、これは経済の原動力にもなり得ると感じました。
サンフレッチェの選手が…SNS上での“あの出来事”の裏話
竹中 なぜこのタイミングで安芸高田市サッカー公園の人工芝グラウンドが改修されることになったのでしょうか?
石丸 2023年になってようやく改修に着手できたのは、就任後に急ピッチで準備を進めたからです。本当はすぐにでも対応したかったのですが、財政に余裕もなく準備もできていなかったので、実現に3年もの歳月を費やすこととなりました。サンフレッチェからは長年にわたり改修の要望が上がっていたので、本当に申し訳ない思いでいっぱいです。
竹中 そのグラウンドにも関連した話ですが、練習場を変えてほしいと発言した選手に対して、SNSで言及した理由や背景について、もし可能であれば教えていただけますか?
石丸 これは戦略的に動いた結果です。決して感情的になって投稿をしたわけではありません。ではなぜ発信したかというと、騒動になってきていたからです。特に、ファンやサポーター以外の地元の人々から「どういうことだ」という反応が出てきました。その時に、このままではまずいと思ったんです。誰かがこの状況を収拾しないと、選手への不適切なバッシングに発展して、サンフレッチェとの関係性が悪化する可能性があると。そういった背景があって、市を代表して怒ることに踏み切りました。
実は、あの投稿をした時点で、1週間後にサンフレッチェの仙田社長が来訪される予定も入っていたんです。シーズン開始前に、いつもユニフォームを届けにきてくださっていて、その予定が入っていました。ですから、あの時点で投稿すれば、1週間後には必ず仙田社長と直接話ができ、その場で謝罪の話も出るだろうと。つまり着地点が見えていたので、あの投稿をしました。
竹中 そこまでのストーリーを描かれていたんですね。でもこの話を知らない人には仙田社長が飛んで行ったように見えますね。
石丸 そう見えますよね。でも違うんです。最初からスケジュールに入っていたのでタイミングを見計らって投稿しました。1週間ほど間を空ければ、安芸高田市が怒っていて、サンフレッチェが急いで謝罪に来たように見えるので。そうすればサンフレッチェの対応の良さも際立つだろうと思いました。
実際、サンフレッチェの対応は完璧でした。こちらとしては何も申し分ない丁寧な対応、説明でしたし、選手とフロントが一体となって問題に取り組む姿勢を直接目にすることができて、こちらが大いに勉強させていただきました。
竹中 でも選手の気持ちも分かるみたいなところも…(笑)
石丸 そりゃそうですよ。遠いですよ。実は、市長に就任した当初、仙田社長に直接尋ねたことがあるんです。「これから先も安芸高田に居続けますか?」と。もしサンフレッチェの足かせになっているのなら、安芸高田市としては身を引くとまで言いました。
ただ、その時に仙田社長は、チーム戦略としてこの場所がいいんだと言ってくださって、そこからグラウンド改修などが一気に進みました。サンフレッチェの覚悟がしっかり伝わったので、市としても全力で応援しようと決意しましたし、サンフレッチェになら安芸高田市の未来を託せると思ったのです。
ニューヨーク駐在時代に感じたアメリカのスポーツ
竹中 安芸高田市には日本ハンドボールリーグ所属の湧永製薬ハンドボール部の拠点もありますが、プロスポーツ以外のチームやマイナースポーツへの支援についてはどのようにお考えでしょうか。
石丸 マーケットとして小さいスポーツに対する行政の支援は十分とは言えません。安芸高田市に限らず、多くの自治体がそれらのチームに対して「頑張っていますね」と認めつつも、支援は補助金の交付程度に留まっているのが現状です。
でも行政は戦略的に支援していくべきだと思います。プロスポーツであれば興行的に成功するかどうかも重要ですが、たとえ採算が合わなくても、市民が喜んでいるならば行政サービスとしてはアリなのです。むしろ、そこに行政の価値があると思います。
地域の祭りなどがいい例ですよね。全部持ち出しで、儲かるわけがありません。でも、その祭りによってシビックプライドが醸成されますし、採算だけでは測れない価値があります。行政としては、もっとそこに注目していくべきです。
竹中 ニューヨーク駐在時代に肌で感じたアメリカのスポーツ文化や産業、また、日本と違いを感じられた点などがあればお聞かせください。
石丸 アメリカのスポーツは、完全にビジネスですね。世界的にもトップクラスですし、日本とはケタが違います。その徹底したビジネス志向は本当にすごいなと。例えば、アメリカンフットボールは、攻撃と守備が頻繁に入れ替わったり、休憩時間があったり。これにより、テレビCMを差し込みやすくするなど、ルールからしてビジネス寄りです。
さらにチケットの取引についても、アメリカではセカンダリーマーケットが確立されています。行けない場合は簡単に売却でき、購入時は定価よりも安くなることも。日本ではまだ転売問題が取り沙汰されていますが、アメリカでは5年以上前から、チケットを公式以外のルートで購入するのが一般的になっています。
一方で、人気のイベントだと価格が跳ね上がり、スーパーボウルなどはとんでもない値段になります。こういった点も含め良し悪しはあるのですが、とにかく市場原理、経済の力を利用して産業として回しているのがアメリカのスポーツの強さです。
ここに対して、スポーツの精神と相反する部分があるのは分かります。でも、お金が集まると強くなるんです。そして強くなれば人気が出ます。これはスポーツの逃れられない宿命だと思います。強くなければいけないんです。それが全てではないにしても、やはり重要な要素だと思います。
偶然をコントロールしてスター選手を生み出す
竹中 スポーツにおいては、スター選手の存在が競技の人気や盛り上がりに大きな影響を与えていると思います。ただ、そのようなスター選手が生まれるかどうかは偶然の要素も強く、運に左右される産業と考えるとなかなか難しい部分もあるかと思いますがいかがでしょうか?
石丸 その点については、偶然をコントロールする必要があるのかなと。例えば、大谷翔平選手の登場は、良い意味で偶然の重なりによるものだと思います。たしか彼が高校生だった頃に、日本の高校野球人口はピークを迎えていました。つまり激しい競争があったからこそ、トップレベルの選手が誕生したんです。
石丸 一方、サッカーにはまだ伸びしろがあるのではないでしょうか。他のスポーツとは異なり、各クラブがユース組織を持ち、若い世代の育成に力を注いでいます。ユース年代への投資を適切に行うことが、スター選手の誕生につながるはずです。今後は、漫画『ブルーロック』のように、意図的に優れた選手を育成することが必要なのかもしれません。
竹中 最後に、安芸高田市としてサンフレッチェに期待すること、そして石丸市長が考えるスポーツの持つ魅力や可能性についてお聞かせいただけますか?
石丸 サンフレッチェに関してはとにかく強くなってほしいです。そして1回でも多く勝ってほしい、それが安芸高田市のためになると思っています。だから全力で応援し続けますし、市としてもサンフレッチェに未来を託しているという思いです。
日本のスポーツ産業、特にサッカーは今や世界と繋がっています。2022年のワールドカップでもその片鱗が垣間見えました。歴史の長短を踏まえればすごく健闘していると思います。世界で愛され、約40億人もの人々が熱狂するスポーツでもあるサッカーに対して、日本としてもっと国運を賭けてもいいのではないかと私は思っています。