【今、野球と子供は。】壊滅的な中学部活の軟式野球
壊滅的な中学部活の軟式野球
中学軟式野球部の競技人口の減少が顕著になったのは、2010年頃からだ。それまでも部員数は伸び悩んでいたが、これは少子化のためだと思われていた。しかし、この時期から競技人口は毎年、数パーセントも減少している。2008年以降の軟式野球部の男子部員数の推移。

10年前の2009年、30万人を超えていた男子野球部員は、今年17万人を切った。わずか10年で45%もの減少。まさに激減と言ってよいだろう。
サッカーなど他のスポーツの台頭と指導者の高齢化
その最大の要因は「子どもたちの選択肢が増えた」ことだろう。
1993年にJリーグが発足してから、サッカー人気が高まった。1998年のフランス、ワールドカップに日本代表が初出場してから、世界のサッカーを目指す少年が増えた。
またJリーグや日本サッカー協会は、ワールドカップなどの収益を普及活動に投入し、全国的な底辺拡大の取り組みが推進された。
これまで、日本の子供は誰から教えられることもなく野球のルールを覚え、野球をするのが当たり前だったが、ここにサッカーという競争相手が登場したのだ。
さらにバスケットボールもBリーグが発足し、人気が高まっている。
子供に一番人気のあるスポーツは、今ではサッカーとなり、野球はバスケットボールと2位を争っている。
さらに言えば、野球指導者の高齢化、後継者不足の問題もある。サッカーの場合、少年を指導するためにはライセンスが必要だ。サッカーは競技人口が増えているので、指導者になりたい人も多く、ライセンスを取得した若い指導者が少年を指導している。
しかし野球には明確なライセンスや資格がなく、永年一人の指導者が始動を続けることが多かった。後継者が育っていないケースが全国で、みられるようになった。このため多くの中学校で「野球をやりたい子供がいても指導者がいない」事態が発生している。これが、部員数の減少に拍車をかけている。
「塾化」が進む硬式野球チーム
そんな中で、中学校の硬式野球チームは、競技人口が増えないまでも堅調に推移してきた。中学校硬式野球の競技人口は、この10年、5万人弱で推移している。
近年顕著になっているのは中学硬式野球の「塾化」だ。
従来は、高校野球など、硬式野球の経験のある親が、子供にも心身の鍛錬や、楽しみを目的として硬式野球をさせることが多かったが、今はかなりの数の親が「甲子園」「プロ」を目指して子供を硬式野球に進ませるようになった。
リトルシニア、ボーイズ、ヤングなどで好成績を上げ、全国大会などで有名になった選手には、甲子園に出場するような有力校から誘われることが多くなった。大阪桐蔭高など甲子園の強豪校の選手は、ほとんどが少年硬式野球の出身者だ。
今の少年硬式野球では、有力選手をよい高校に進ませることが、大きな目的になっている。まるで勉強の学習塾のような位置づけになっているのだ。
少年硬式野球は、用具も高価なうえに、遠征費用などもかかる。父母の負担は、部活の軟式野球に比べて高価だが、我が子の将来を考えて費用を負担する親も多い。
また用具や遠征費だけでなく、プロテインなどの補助食の費用もかかる。なかには、チームでレギュラーを取るために投球や打撃などの「個人コーチ」につくケースも出てきている。こうなると「教育費」というより子供への「投資」というべきかもしれない。
親の過大な期待
ボーイズやリトルシニアなどの練習場には、平日であっても子供を送り迎えする父母の車がたくさん並ぶ。父母は子供を送迎するだけでなく、子供が練習ユニフォームに着替える間にトンボでグラウンドを鳴らしたり、ラインを引いたりする。
ある親に話を聞くと「どうせやるなら、甲子園に行ってほしいし、プロにも行ってほしい」と話した。指導者は「そんな甘いもんじゃない」と語るが、少年硬式野球は費用が高い分、親の期待も半端ではないのだ。
軟式野球の衰退と、硬式野球の盛り上がり。中学野球は二極化しつつある。
最後にある親の述懐を紹介する。
「私は中学時代けっこう真剣に野球をしましたが、別にいい高校に行きたいとか、プロに行きたいとかは考えていたわけではありません。うちの親父もやっていたし、私も純粋に野球が好きだったからです。だから勉強も頑張りました。
うちの息子にも同じように楽しく野球をしてもらいたいと思ったのですが、入学した中学の野球部は数人しかいなくて先生も経験者じゃなかった。
だったら近所の少年硬式野球に、と思ったんですが、こっちは競争がすごいし、親もお茶当番とかいろいろしなければならない。昔のように”楽しみながら野球をする”場所がなくなったんじゃないですか」(取材・文、写真:広尾晃)