「ぼくが指導するチームはとても弱い」、高校クロスカントリーチームがカタリナ島へ
カタリナ島で行われた高校クロスカントリーのレースに行ってきた。もちろん走るのはぼくではなく、ぼくが監督をしている高校クロスカントリー部の遠征を引率したのだ。
カタリナ島の正式名称は『Santa Catalina Island』 地元の人は単に「カタリナ」と呼ぶ。南カリフォルニアの沖合35キロの距離に浮かんだ細長い島で、人口は約4000人。古くは海賊の根拠地として名を馳せたが、現在はマリンスポーツやゴルフで人気の観光地。天気が良い日は南カリフォルニアの沿岸から島影が見える。

カタリナに行くにはロングビーチからフェリーに乗り、片道約70分かかる。朝早くのフェリーに乗り、午後早くに始まるレースを走り、また夕方のフェリーに乗って帰ってくる。ロングビーチから高校までの間もスクールバスで往復するので、朝から晩まで一日仕事だ。丸一日授業を免除されてはしゃぎ回る高校生達は、遠征と言うより遠足にしか見えないし、引率するぼくにとっては長い一日になる。
フェリーが発着する港があるのは『アバロン』という街だ。カタリナ島の住民は殆どがこの街に住んでいる。ヨットハーバーやカジノがある観光拠点で、リゾートの雰囲気に包まれた美しい遊歩道に、個性的な店が並んでいる。

レースが行われる島で唯一のアバロン高校は、港からやや離れた山の中にある。我々は港からそこまで、片道2キロの坂道を30分ほどかけて歩く。カタリナでは自然保護のため自動車の利用がきびしく制限されており、島内の主要な交通手段は電動ゴルフカートだ。住民が自動車を所有する許可を得るためには、14年の順番待ちがあると言われている。
もちろん、タクシーや観光バスをチャーターすることも出来る。だけれど、わざわざ走りにやって来た長距離選手が、このぐらいの距離を歩かないというのは理屈に合わない。レース前の良いウォーミングアップになるし、レース後はクールダウンにもってこいだ。そう言って不満タラタラの生徒達を黙らせる、のだと良いのだが、それぐらいで黙るほど聞き分けのよい生徒は残念ながらぼくのチームにはいない。何とか歩き始めても、じゃれあったり、セルフィ―を撮りあったりして、ちっとも前に進まない。ちょっと目を離すと、必ず誰かがいなくなる。この連中を連れて歩くのは、はっきり言って犬を散歩させるより骨が折れる。

このまとまりのない態度からも想像できるように、ぼくが指導するチームは強くない。と言うより、とても弱い。どれくらい弱いかと言うと、うちのトップランナーのタイムだと、普通の高校では補欠チームにすら入れないくらい弱い。それはぼくの指導力に問題があるわけではなく、やむを得ない事情もあるのだ、ということを説明するとやや長くなる。だから米国における高校クロスカントリーという競技に興味がない人は、ここから先は読み飛ばしてもらって構わない。でも出来れば読んでほしい。

クロスカントリーのレースは各部門ごとの参加者全員が一斉に走り、順位は個人と団体の両方で競われる。団体戦は、チーム内の上位5人の総合順位を合計し、ポイント数が最も少ないチームが勝ちというルールだ(個人総合1位だと1ポイント、10位だと10ポイント)。仮に、2チーム以上が上位5人までの合計ポイントで同点になった場合は、6位と7位の順位の合計で勝敗を決める。
つまりレース結果に反映されるのはチームの上位7人なのだから、部員数が多いチームが単純に有利だ。仮に100人の部員がいるチームから選ばれた上位7人と、10人しかいないチームの上位7人では、当然だがその差は大きい。
学校の規模が大きくなるとクロスカントリー部に入部する可能性がある生徒の数もそれに比例して多くなる。だから、カリフォルニアでは公平を期すために、州内の高校を生徒人数によって1部から5部までに分け、それぞれの部ごとに州チャンピオンを決めている。ぼくの高校が所属するのは生徒数500人以下の小規模校が集められた第5部だ。それどころか、小中高一貫の小規模な私立学校で、高等部の生徒は全員で200人ほどしかいない。その中から15人程度の男女がクロスカントリー部に入ってくるが、この人数では強いチームを作るのは難しい。何しろ、普通の公立高校ならクロスカントリー部に100人以上の部員が集まることは珍しくないのだ。
この日ぼくの高校から参加したのは男子4人、女子4人。テストやどうしても抜けられない授業があるなどの理由で参加できなかった生徒が多かったためだ。最低人数の5人に満たないので、団体戦のスコアもつかない。
レースは5キロの距離で行われた。コースはアップダウンが多い山中のトレイルだ。大切に保護された島の自然はとても美しいが、走るランナーたちにはそれを鑑賞する余裕はないだろう。

無理に頑張っても仕方ないから、楽しんで走ってこい、とりあえず歩くな、と甚だ気合の入らない指示をスタート前に出すと、そういうときだけは言うことを聞く。なんとか全員無事にゴールまで帰ってきてほっとした。未熟なランナーほど自分のペースを知らないから、周りの雰囲気に呑まれて限界を超えてしまうことが時々あるのだ。

レースが終わると、ゆっくりする時間もなく、また港まで歩いた。帰りのフェリーを逃すわけにはいかない。リゾート地カタリナまでやって来ながら、島での滞在時間は5時間ほどだった。

今度は自分がこの島を走ってみたい。カタリナではトレイルランの市民レースもいくつかあって、50マイル(約80キロ)のウルトラマラソンは島をほぼ1周するそうだ。このように手つかずの自然なので、さぞ素晴らしい景色の中を走るコースだろう。レース前後はテントで寝るのだ。島にはカヤックやボートでしか行けないキャンプ場もあるらしい。帰りのフェリーでは、そんなことを考えつつ、ウトウトしていた。
生徒たちはフェリーの中でもまだ騒いでいたが、知ったことではないので放っておいた。これぐらいの年齢の頃はただ友達と一緒にいるだけで楽しいものだし、それが美しい場所であろうと汚い場所であろうと関係ない。大人が出来ることもあまりない。誰が高校の修学旅行を引率した教師のことを憶えているだろうか。ただ、この長い1日が彼らの思い出に残ったら良いなとは思う。