『子どもの権利とスポーツの原則』発表イベントレポート
1989年11月20日、国連総会において子どもの健やかな発達や主体性の尊重などをうたった国際条約として『子どもの権利条約』が全会一致で採択された。そしてそれから29年後となる今年の11月20日、ユニセフ(国連児童基金)と公益財団法人日本ユニセフ協会は、スポーツと子どもの課題に特化したユニセフとして初めての文書である、『子どもの権利とスポーツの原則』について発表した。そしてその発表イベントには、過去にヤキュイクでも紹介した堺ビッグボーイズの瀬野竜之介代表がパネラーの一人として登壇。チームとしての取り組みとともに今後のスポーツ界、野球界について提言を行った、今回はそのイベントの様子を瀬野代表のコメントを中心にお届けする。
『子どもの権利とスポーツの原則』発表イベントは11月20日の午後、場所は東京都港区にあるユニセフハウスで行われ、イベントの冒頭では鈴木大地スポーツ庁長官から「スポーツの価値がすべての子どもに行き届くことを祈念する」という祝辞が述べられた。その後、早水研日本ユニセフ協会専務理事、スバジニ・ジャヤセカランユニセフ本部マネージャーによって原則作成の経緯と概要の説明があったが、まずはそれを紹介したい。

2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催をきっかけとして、スポーツにおける子どもの権利を日本から発信したいという理念から約1年間で作成されたのが今回発表された原則である。そして本原則における「子ども」とはあらゆる形でスポーツに参加する18歳未満の者と定義づけられており、スポーツ選手になることを願う子ども、レジャーやレクリエーション、体力づくり等の目的でスポーツをする子どもも含まれている。そして本原則は10項目から成り立っており、4つの対象に分けられている。
■スポーツ団体とスポーツに関わる教育機関、スポーツ指導者に期待されること(6項目)
1.子どもの権利の尊重と推進にコミットする
2.スポーツを通じた子どものバランスのとれた成長に配慮する
3.子どもをスポーツに関係したリスクから保護する
4.子どもの健康を守る
5.子どもの権利を守るためのガバナンス体制を整備する
6.子どもに関わるおとなの理解とエンゲージメント(対話)を推進する
■スポーツ団体等を支援する企業・組織に期待されること(2項目)
7.スポーツ団体等への支援の意思決定において、子どもの権利を組み込む
8.支援先のスポーツ団体等に対して働きかけを行う
■成人アスリートに期待されること(1項目)
9.関係者への働きかけと対話を行う
■子どもの保護者に期待されること
10.スポーツを通じた子どもの健全な成長をサポートする
日本国内では日大アメリカンフットボール部の反則タックル問題、女子体操協会のパワハラ問題、そして直近でも高校野球の現場における体罰が明るみに出るなど、スポーツの現場での不祥事は後を絶たない。また海外でもアメリカの体操連盟のドクターによる女子選手への性的虐待は大きなニュースとなった。原因は一つではないが、世界的に見ても子どものスポーツ環境が健全であるとは言えないのが現状である。そんな現状を変えるべく出来上がったのが今回の原則だが、概要の説明の後にはプロ野球界から筒香嘉智(DeNA)、サッカー界から長谷部誠(ブンデスリーガ・フランクフルト)の現役の二人のトップ選手からのビデオメッセージが紹介され、ともに一人でも多くの子どもがスポーツを楽しめる環境を作ると力強い言葉とともに、第1部の発表会が終了となった。


その後に行われた第2部のシンポジウムは「子どもが活きるスポーツの在り方」というテーマで、パネリストに堺ビッグボーイズの瀬野竜之介代表、全日本柔道連盟の野瀬清喜常務理事、株式会社アシックスの松下直樹取締役、鹿屋体育大学の森克己教授の4人をパネリストによって行われ、コーディネーターは本原則の起草委員会の一人である弁護士の山崎卓也氏(Field-R法律事務所)が務めた。
野瀬常務理事からはロンドン五輪後に発覚したパワハラ問題を受けて日本柔道連盟がどのように体質改善を行ったか、松下取締役からはアシックスの企業理念とスポーツ企業としての果たすべき役割、森教授からは子どもを守ることに長けたイギリスでの事例についての話がされたが、ここでは主に瀬野代表のコメントを紹介したい。
現在ではこのようなイベントにも登壇している瀬野代表だが、監督に就任した当時はいわゆる昔ながらの厳しい練習を子どもに課す指導者だったという。しかしあることをきっかけに指導方針を変える決断をしたそうだ。

「自分は堺ビッグボーイズの1期生で22歳で監督になりました。当時はとにかく勝利至上主義で、時には体罰もあり、いつも怒っていました。勝つことが子どものためだと思っていたからです。そのおかげもあって全国大会で2年連続優勝。世界大会にも監督、コーチとして4度出場させてもらいました。ただそんな強い代の選手でも高校の後に野球を続けている選手が少ない、中学時代に騒がれて甲子園にも出たけどその後活躍できない選手が多いことに気づいたんですね。
日本の野球は小学校、中学校くらいは世界に出ても勝つんですけど、その上のレベルになるとそうでもないということもありますね。また日本人選手でメジャーで活躍している選手を見ても上原(浩治)選手、黒田(博樹)選手は高校時代は控え投手ですし、斎藤隆選手がピッチャーを始めたのは大学からです。海外にも行かせてもらって色んな野球を見るうちに、今のやり方は子どものためになっていないと考えるようになりました。それが9年前のことですね」
そこから堺ビッグボーイズは勝利至上主義とは真逆の方針に舵を切ることになる。その結果を瀬野代表は以下のように話した。
「とにかく子どもを主体に考えるように変えました。練習時間も短くして、子どもたちに考えさせてやる。そうしたことで一番変わったのは子供に笑顔が増えたことです。とにかく楽しそうに野球をやる子どもが増えた。子どもに負担をかけないために球数制限、変化球制限もするようにしたので前よりもトーナメントで勝ちあがれなくなったんですけど、それでも前よりたくさんの子が入部してくれるようにもなりました。
あとは子どもが自分と向き合うようになって、3年間で精神的な自立や成長も顕著に現れます。そうやって培った力は一生使えるものだと思います。2015年には小学部も設立して、チームのOBである筒香選手がスーパーバイザーを務めてくれています」
大きな方向転換を図った堺ビッグボーイズだが、そのようなチームの存在はまだまだ少ない。また保護者もそのことに理解を示さないケースも多いだろう。その背景には現在の試合体系に問題があると瀬野代表は話した。
「日本の野球の場合はとにかく高校野球の存在が大きい。そして少年野球でも高校野球と同じことをやろうとするんですね。保護者も『どうやったら甲子園に出られますか?』ということを聞く、力んでる方が非常に多いですね(笑)。定期的に保護者を集めて小学校、中学校の間はとにかく無理をさせないということを話して理解してもらうようにしています。あと小学校から高校まで共通して問題だと思うのがやっぱりトーナメントですね。プロ野球はリーグ戦で、4勝3敗のペースで1年間戦ったら優勝してビールかけしているのに子どもは1回負けたら終わりです。だから同じピッチャー、同じ選手起用になって子どもに負担がかかるんですね。
試合数も多い。少年野球で年間140試合以上しているチームもある。それも基本的に土日だけでやっていますから負担も大きいですよね。そういう問題点をとにかくあらゆる団体に働きかけて、ルールを作る必要があると思っています」

OBである筒香選手と一緒にドミニカにも訪れたという瀬野代表。そこで得た気づきを今後生かしていくという話で締めくくりとなった。
「ドミニカにはメジャー全30球団のアカデミーがあります。そこではとにかく今勝つことではなくて、将来メジャーリーガーになるために今どうするかということを考えているんですね。あと筒香選手が驚いていたと言っていたのが選手と指導者との距離感のことでした。日本では選手が指導者に対して敬意を払うことはあってもその逆はほとんどない。ただドミニカでは選手も指導者もお互いをリスペクトしていると言うんですね。現役選手でありながら子どものための活動をするというのはなかなか勇気がいることだと思いますが、筒香選手はそれをすると言っています。自分も今回の原則の発表を良い機会にして、一緒にそのような活動をしていきたいと思っています」
スポーツとは本来楽しむためにするものである。そしてスポーツを楽しむ権利は全ての子どもが持っているものである。当たり前のことではあるが、それが現在のスポーツ界、野球界では当たり前になっていないのが現状である。そんなことを改めて考えさせられる発表イベントだった。すべてのチームがこの原則を理解し、体現する日が来ることを切に願いたい。(取材:西尾典文/写真:編集部)