日本野球の未来のために…「日本野球科学研究会第6回大会」(第1日)

日本野球科学研究会という組織がある。野球について科学的に研究する研究者と、指導者、競技者、トレーナーなどが集まって情報交換をしたり、共同研究をしたりする組織だ。「科学」という名前がついているが、研究の範囲は物理学、医学のような自然科学系だけでなく、社会科学の分野まで、幅広い領域に及んでいる。 年に1回、大会を開いているが、その第6回大会が、12月1日、2日、筑波大学つくばキャンパス体育芸術エリアで行われた。 今回の大会実行委員長は、筑波大学体育系で教鞭を執り、同大学硬式野球部監督を務める川村卓准教授だ。 12月1日に行われたシンポジウムIは、「野球人口減少への取り組み~実践編~」。 「野球離れ」の中で、野球界にはどんな取り組みが求められているのか、実際に普及活動をしている3人の指導者から報告があった。

「野球人口減少への取り組み~実践編~」

高校生による普及活動

青森県の弘前聖愛高等学校の原田一範野球部監督は、「高校球児による野球普及活動」について報告した。弘前市では、2006年に1113人いた少年野球人口が、2016年には343人と70%も減少。
例によって「親の負担増」が、大きな要因となっていた。そんな中、高校の野球部員たちが「少年野球チームに対する室内練習場を使った野球教室」「未経験者に対する野球遊び体験」「出張野球教室」「保育園を訪問しての野球遊び体験」などの普及活動を行った。

弘前聖愛高等学校の原田一範野球部監督

これによって、弘前市の少年野球人口は、343人から、翌2017年には432人とV字回復。
子どもたちは野球遊びに夢中になった。選手たちは保育園の園長からは「あなた達は園児たちにとって生きている教材だ!」という言葉をもらった。

2018年は青森県高野連弘前地区が、地区全体でこの活動を広げ、2019年からは青森県高野連全体が普及活動を行うという。
高野連は2018年「高校野球200年構想」を打ち出したが、それに先立って大きな成果を上げた。こうした取り組みが、ノウハウとして共有されることが望ましいだろう。

「サッカーへの流れを押し返す」野球指導

筑波大学医学系放射線科スポーツ医学系の岡本嘉一講師はスポーツメディカルの専門家だが、その傍ら、2013年に春日学園少年野球クラブ(茨城県つくば市)を設立した。

筑波大学医学系放射線科スポーツ医学系の岡本嘉一講師

岡本講師は、冒頭、恐竜の絵を掲げて、「これが現在の野球界です」と説明した。
大きな頭はプロ野球、図体の大きな高校野球、細い脚は中学野球、そのまた先に学童野球。そして野球界は5年後、10年後、恐竜のように絶滅の危機に瀕すると。場内からはざわめきが起こった。

岡本講師は、春日学園少年野球クラブの運営に当たって4つの理念を掲げた。

・罵声指導の禁止
・(練習時間)週末1/4ルール
・コーチングを専門に学ぶ筑波大学院生による指導
・適度な試合数と厳密な球数制限による肩、肘酷使の防止

さらに3つの目標も掲げた。

・父母会設立の禁止
・「勝利至上主義の否定」と「勝ちに行く姿勢」の奨励
・「ノーサインノーバント主義」

これによって、子どもたちの野球肘などの健康被害を最小限に抑えながら、つくば市の大会で勝率5割をマークする理想的な少年野球チームを作り上げた。

岡本講師は「サッカーへの流れを押し返す」野球指導を推進すべきとして、具体的な提言として、少年野球の全国大会であるマック杯、日本ハム杯の改革とライセンス制度の導入を訴えた。

「子どもに野球を返そう」

東京農業大学応用生物科学部の勝亦陽一准教授

東京農業大学応用生物科学部の勝亦陽一准教授は、早稲田大学野球部OB。

ジュニア世代の主な課題として、

(1)競技人口の減少、
(2)スポーツ教育の偏重、
(3)少年期のケガ増加の3つを挙げた。

勝亦准教授は、野球人口減少の背景には、子供たちの日常の遊びだった「野球あそび」の消失があったとし、早稲田大学野球部OB会として「プレイボールプロジェクト~野球を始めよう、楽しもう、学ぼう」と題するイベントを実施してきた。

「始めよう」では、野球未経験者、初心者に簡単に野球の楽しさを実感できる「野球遊び」を紹介。「楽しもう」では、小学校の野球選手に、大人の言いなりになる野球ではなく、野球の個人競技的側面や打撃の面白さを強調した「かんたんベースボール」を実施。また「学ぼう」では、早稲田出身のプロ選手の実演などを行っている。

また、これと並行して、早稲田大の安部磯雄記念野球場を遊び場として開放するイベントを行った。さらに、この12月に早稲田大学野球部OB会は「野球をやっていない高学年の小学生」を対象とした野球あそびイベントを開催する。これまであまり注目されなかった「中学から野球をやる」という選択肢を提示し、競技人口の拡大へ向けて発信をしていく。

勝亦准教授は「子どもに野球を返そう」という印象的なメッセージで、この取り組みの理念を語った。

広範な研究分野をカバーする一般ポスター発表

シンポジウムと同時に、会場では66もの研究テーマが、「一般ポスター発表」という形で提示された。
ポスターの横には発表者が立ち、説明や質問に答えていた。

テーマ一覧を見れば、日本野球科学研究会の”守備範囲”の広さがわかる。
また前日本ハムヘッドコーチの阿井英二郎氏や、近鉄、オリックス、楽天で1088安打を打ち、コーチとしても活躍した大島公一氏など著名な野球人もポスター発表をした。

P-1
高校野球における環境づくりについての事例報告
相馬幸樹(中央学院高等学校)

P-2
競技力向上に関わるメンタルメンタルトレーニングを用いた実践的研究
-新たに導入したプロ野球チームの事例1-
田口耕二(大阪教育大学大学院)

P-3
大学女子野球選手における投球時の肩外旋運動の特徴-大学男子野球選手との比較-
太田憲一郎(至学館大学女子硬式野球部)

P-4
野球グローブ史と小林運動具
中田賢一(新潟医療福祉大学大学院)

P-5
野球観戦時のファウルボールにおけるRisk Managementについての調査
恩田哲也(東海大学)

P-6
バックハンド捕球の有効性に関する基礎的研究-送球パフォーマンスに着目して-
小倉圭(滋賀大学)

P-7
大学硬式野球部における外傷・障害調査-発生要因の特定と発生数減少に向けての一考察-
上野空(新潟医療福祉大学理学療法学科)

P-8
中学軟式野球における地区上位チームと下位チームの差異に関する研究
梅野侑(高岡市立中田中学校)

P-9
認知課題と打撃課題の組み合わせからシーズン打率を予測する
那須大毅(NTT コミュニケーション科学基礎研究所)

P-10
中学硬式野球強豪チームのレギュラー選手の心理的競技能力
加藤貴英(豊田工業高等専門学校)

P-11
科学的トレーニングによる中学生の身体能力の開発
-香川県藤井中学校野球部の部員の身長増に向けた取り組み-
志村幸紀(学校法人藤井学園)

P-12
FDG-PETによる投球時の身骨格筋活動の検索-大学野球選手とプロ野球選手の比較-
高田泰史(金沢大学大学院)

P-13
イップス(投球失調)と暴投はどう違う-投球失調をどう防ぐか-
久保田真広(株式会社カロ)

P-14
内野ゴロのバウンド数について-実戦的なノックを行うために-
小野寺和也(仙台大学)

P-15
視覚障がい者のためのブラインド・ベースボールとは
小野雄平(筑波大学大学院)

P-16
野球の打球飛距離に関連するスイングパラメーターについての研究
佐々木勇哉(福岡教育大学)

P-17
新潟県における野球競技人口拡大に向けた取り組み-南魚沼市での野球教室を例に-
安野颯人(新潟医療福祉大学)

P-18
大学野球選手と高校野球選手のスイング軌道に関する一考察
-東都リーグ1部選手と県大会初戦敗退高校選手との比較-
吉澤恒星(香川高等専門学校高松キャンパス)

P-19
野球競技人口減少に関する福井県高校野球指導者の認識についての一考察
見延慎也(筑波大学大学院)

P-20
痺れにくい打撃部範囲の定量化に基づく硬式金属バットの設計手法に関する研究
岸本健(株式会社アシックス スポーツ工学研究所)

P-21
高校野球大会での実戦における投球・打撃の縦断的分析・調査研究
~県医科学サポート、強化対策委員会の活動~
安谷佳浩(富山県立南砺福野高等学校)

P-22
少年野球選手の投球障害と電子ゲーム実施時の姿勢について
原素木(松戸整形外科クリニック)

P-23
投球動作時における投球腕各関節の協調関係
木村新(東京大学大学院総合文化研究科)

P-24
盗塁技能による注視位置および反応時間の違いについての研究
宮下寛太(筑波大学大学院)

P-25
野球の投球時のリリース変数と到達位置の関係
草深あやね(東京大学)

P-26
自律訓練法・イメージトレーニングを用いたSMTの事例的研究
-送球の改善を目的とした野手について-
松﨑拓也(北九州工業高等専門学校)

P-27
一般市民を対象とした投球スピードの計測-科学系のイベントでの事例報告-
大室康平(八戸工業大学)

P-28
少年野球選手の走塁における状況判断能力向上のための教材の開発
加藤勇太(筑波大学大学院)

P-29
大学野球選手における打撃中の地面反力とスイングの関係
川村幸平(神戸大学)

P-30
心理的セルフモニタリングシステムが野球の投球パフォーマンスに与える影響
阿井英二郎(筑波大学大学院)

P-31
野球のピッチング動作の類型化の基準と比較
宮西智久(仙台大学)

P-32
高校野球部員における学校生活スキルと心理的競技能力との関連
中嶋清之(静岡県立伊東高等学校)

P-33
台湾と日本の大学野球投手における投球動作に関するキネマティクス的比較
邱彥瑋(びわこ成蹊スポーツ大学大学院)

P-34
着装シミュレーションを用いた野球ユニフォームのパターン評価
-投球動作時の引きつれに着目して-
草野拳(株式会社アシックス)

P-35
高校野球の攻撃戦法に関する研究-無死1、2塁に着目して-
大阪航平(筑波大学大学院)

P-36
フライボール理論はソフトボールにおいても有効か
大田穂(株式会社日立製作所日立ソフトボール部)

P-37
女子ソフトボールトップ選手に対するスポーツ動作画像を用いた新たな瞬間視測定法の試み
岩間圭祐(筑波大学大学院)

P-38
表情や姿勢および言動とパフォーマンスとの関係性について
森下祐樹(米子東高校)

P-39
ゴロを打ては正しいのか
福島康太(米子東高校)

P-40
一流プロ野球打者の打撃動作の特徴に関する研究-NPB公式試合から-
大島公一(筑波大学大学院)

P-41
女子野球指導者の性別による特性のちがい-女子硬式野球指導者および選手への調査から-
石田京子(筑波大学大学院)

P-42
野球を通じた国際開発への試み−コスタリカ共和国S野球協会の野球競技力に焦点を当てて-
藤谷雄平(鹿屋体育大学院)

P-43
野球途上国への支援活動-青年海外協力隊の事例として-
黒田次郎(近畿大学)

P-44
バックネット裏からの映像を用いた投球フォーム自動評価
野原直翔(筑波大学大学院システム情報工学科)

P-45
野球発展途上国イタリアの現状に関する調査-聞き取り調査と質問紙調査を用いて-
篠原果寿(筑波大学大学院)

P-46
投手のピッチング動作における共通性
-プロ野球の1軍投手および2・3軍投手との比較検討-
波戸謙太(筑波大学大学院)

P-47
新旧軟式ボールの比較研究-弾み方に着目して-
宮内貴圭(筑波大学大学院)

P-48
野球打撃動作における腰部回旋挙動解析
田口直樹(法政大学、筑波大学大学院)

P-49
一流プロ野球選手の打撃動作の動作解析-肩・腰の回転に着目して-
橋本康志(筑波大学大学院)

P-50
ジュニアユース期の野球選手への育成診断システムの活用と
トレーニングとしての多様な運動体験の有効性
-中学野球選手を例として-
石元志知(神戸市立大原中学校)

P-51
肩甲骨周囲筋群エクササイズの検討-マルアライメントに着目して-
飯田勝彦(船橋整形外科市川クリニック)

P-52
試合映像から見る野球捕手の二塁送球時間と盗塁阻止-捕手ごとの特徴を踏まえて-
鈴木智晴(鹿屋体育大学大学院)

P-53
投手が腕を振ることの意味-トラッキングシステムを活かした投手コーチングの実践-
林卓史(朝日大学、慶應義塾大学政策・メディア研究科 後期博士課程)

P-54
打撃時におけるバットと新軟式ボールの力学的挙動に関する研究
北山裕教(株式会社アシックススポーツ工学研究所)

P-55
若手プロ野球選手における1年後の打撃動作の変容-成績向上者の特徴-
工藤大二郎(筑波大学大学院)

P-56
マウンドの材質の違いが投球パフォーマンスに与える影響
川村卓(筑波大学)

P-57
プロ野球選手における速球に対する打撃能力が高い打者のキネマティクス的特徴
佐治大志(筑波大学大学院)

P-58
野球の投球における筋シナジー分析
三木豪(東京大学大学院)

P-59
投球コースの違いによるボールスピンの変化
森本崚太(株式会社ネクストベース)

P-60
トラッキングシステムを用いた打球の類型化とその特徴-世代別に見た打球の違い-
佐藤伸之(鹿屋体育大学大学院)

P-61
部活動における社会人基礎力の向上を目指したアプローチ-中学野球部を対象として-
中山正剛(別府大学短期大学部)

P-62
投手はどこを狙って投げるべきか?
―コース別の被長打率を考慮にいれたシミュレーション―
進矢正宏(広島大学大学院総合科学研究科)

P-63
女子硬式野球大会における緊急時対応計画の作成と活用へ向けた取り組み
清水伸子(国際武道大学)

P-64
ウェアラブルスマートシャツを用いた野球の真剣勝負中の心拍変動計測
小林裕央(東京大学)

P-65
投球に必要な肩甲骨トレーニングの一例~高校・大学野球選手を対象として~
堀内賢(千葉・柏リハビリテーション学院)

1P-66
高機能マットレスは高負荷キャンプ中のアスリートの起床時眠気を改善する
馬見塚尚孝(西別府病院スポーツ医学センター)

(取材・写真:広尾晃)