【大阪桐蔭】中川卓也|「あの悔しさ」を忘れずに登りつめた頂点
史上初の2度目の春夏連覇を達成した大阪桐蔭。4人をプロ野球へ送り出したチームはその強さだけではなく、対戦相手をリスペクトする姿勢にも大きな称賛を集めた。前回はチームを指揮する西谷浩一監督にお話を伺ったが、今回は主将としてチームをまとめた中川卓也前キャプテンに話を聞いた。
頭の片隅に残していた「切り替えてはいけないミス」
昨夏の甲子園の3回戦・仙台育英戦。1−0で迎えた9回裏の守備でショートからの送球。ファーストベースを踏めばゲームセットだったが踏み外した。逆転サヨナラ負けのきっかけを作ってしまった。
以降、自身の思いを語るにあたり、あの場面をクローズアップされることも多かった。気持ちを切り替えるためにどれだけ時間を要したのかと思いきや、中川の思いはこうだった。
「ミスには切り替えていいミスと切り替えてはいけないミスがあると思うんですが、自分の場合は切り替えてはいけないミスでした。よく“切り替えろ”と周りから言われていたのですが、もし切り替えてしまうとあの時の悔しさとかリセットされてしまうというか、フラットな状態で新チームを迎えてしまうような気がしたんです。
“切り替える”の本当の言葉の意味はどこかにあるのかも知れないですけれど、自分は悔しさを持って戦っていくことの方が大事だと思ったんです」。
思い出すだけでも眠れなくなるようなシーン。でも、あの鮮烈な記憶は頭の片隅にでも残しておかないといけないと、自身を奮い立たせてきた。
悔しさを忘れてはいけないというのは簡単だが、表向きには切り替えても、常にあのシーンは頭の中に残し続け頂点を見つめてきた。今夏の甲子園で春夏連覇を達成し、アルプススタンドに挨拶に行った直後にあふれた大粒の涙には、中川にしか分からないただならぬ思いが詰まっていたのだろう。
相手をリスペクトした上で試合をすることがフェアプレー
大阪桐蔭の姿勢でとても気になったのは「冷静さ」だ。北大阪大会の準決勝・履正社戦では1点ビハインドの9回表の攻撃で、二死走者なしになってもベンチには取り乱した様子は一切なかった。反対に激戦を制した直後でも過度な感情表現はほとんど見せない。周囲に惑わされない気持ちのコントロールが出来ていたのも強さの一因だった。
「試合は相手があってこそですし、相手をリスペクトした上で試合をすることがフェアプレーだと思っています。相手に失礼のないうえで戦うことは常に心掛けています。普段の練習試合でも西谷先生からそのあたりはよく言われます」。
感情の起伏が激しい高校生。言われて簡単に出来ることではないが、その姿勢をしっかり理解し、チーム全体で徹底できていたのだから結果にも結びつくのだとうなずける。
中川は以前、西谷監督のことを“24時間野球のことばかりを考えてくれている先生”と話していた。選手1人1人に向き合い、野球だけでなく人間の話も数えきれないほど聞いてきた。
「センバツ後、打撃の調子を落として全然打てない時期があったんですけれど、それでも途中交代することもなく試合で自分を使っていただいたんです。理由は“お前が作ってきたチームだから”と。普段から厳しいことを言ったり、色んなやり方でチームを引っ張ってきたつもりでしたが、やってきて良かったと思いました」。
恩師の思いに心から感謝した。
これから高校野球を目指し、どれだけ厳しい環境でも野球を最後までやり通すにはどんな覚悟が必要なのか。
「野球を好きであり続けることですかね。小学校で野球を楽しくできても中学校で厳しい練習が徐々に増えるとは思うんです。高校ではまた違うしんどさもあります。それでも“何で野球をしているんだ”って悩むようなことにはならないで欲しいんです。野球を続けているのは、野球が好きだからだと思うので。前向きな気持ちでやらないと野球もうまくならないんです。そういう野球に対する気持ちをずっと忘れないで欲しいなと思います」。
来春から早稲田大学への進学が決まっている。高校野球で偉業を達成するまでの歩みは決して穏やかではなかったが、中川も野球が好きでしょうがない。現在も、そしてこれからも。(取材・写真:沢井史)