息子のレースに帯同して感じた“アメリカらしい”ランニングカルチャー
前回に引き続き、高校クロスカントリー走の話である。ただし、その走力レベルは天と地ほど違う。
今回ぼくが見てきたのは、カリフォルニア州の決勝大会だ。各地の地区予選を勝ち抜いた強豪高校が一堂に会し、州チャンピオンの座を争う。単独の州とはいえ、カリフォルニア州はデカい。州の高校スポーツ連盟(CIF)に登録している生徒数は約80万人とのこと。日本の高体連が約120万人だというから、この大会の規模の大きさとレベルの高さがわかるだろう。
息子が所属する高校チームが何年かぶりにこの州大会に進出する快挙をなしとげ、選手の親であるぼくも応援にかけつけたというわけだ。
毎年この州大会はフレズノという都市で行われる。カリフォルニア州のほぼ中央に位置する農業都市だ。ロサンゼルスからもサンフランシスコからも、ひどく遠い。近くに空港があることはあるが、殆どの高校はミニバンやバスに分乗してフレズノまで泊りがけでやってくる。
ぼくらが住むロサンゼルス郊外からも約400キロ、5時間以上の長距離ドライブになる。見渡す限り、地平線まで広がる農園かあるいは荒野を貫くフリーウェイをひたすら走る。
州大会に向かう車は、窓や車体にチームメイトや代表選手自身が応援メッセージや落書きを書きなぐるのが伝統だ。「がんばれ」とか「夢をかなえろ」みたいな真面目なメッセージもあるが、「ハーイ カノジョ、僕らは州大会に出場するスターランナーさ。ここに電話して」と自分の携帯番号を大書するバカもいる。そのバカがよりによってぼくの息子のことであるかどうかは、読者の想像にまかせたい。
そもそもクロスカントリーは地味なスポーツだ。フットボールや野球のようなメジャースポーツと違って、州大会だからと言っても、世間の注目を浴びることはあまりない。だが、今年は州大会に先立って、あるランナーをめぐるエピソードが一般紙でも報道された。クロスカントリーだけではなく、アメリカ人気質をよく表した話だと思えるので、ここで紹介したい。
カリフォルニア州に史上最悪の被害をもたらした山火事が最近発生したことはご存じだろうか。この記事を書いている11月27日時点で、88人の死亡者が報告され、なお数百人の行方が不明のままだ。17日間燃え続けた火事で150万エーカーが焼け、1万戸以上の家が燃え落ちた。
カリフォルニア北部にあるパラダイス高校のランナー、ガブリエル・プライス君の家もこの火事で全焼した。さらに不運なことに、プライス君と家族が持てるものだけを持ち出して家から避難した11月8日は地区最終予選の当日だった。
プライス君は今年高校の最終学年。昨年まで3年連続で州大会に出場し、今年もここまで地域で一番のタイムをもつランナーだが、予選欠場という形で高校の競技生活を終えることになるはずだった。
ところが、パラダイス高校のアスレチック・ディレクターからの嘆願を受け、州の高校スポーツ連盟(CIF)はプライス君に対して特別措置を取ることを即座に決定した。地区予選からわずか2日後 ―つまりプライス君の家が全焼した2日後なのだがー、プライス君が地区予選と全く同じコースでタイムトライアルを行い、予選通過タイムを破った場合にのみ、プライス君の州大会出場を認めるというのだ。
プライス君はこの措置に感謝しながらも、たった1人で時計だけを相手に走ることを覚悟していた。パラダイス高校のチームメイトも、多かれ少なかれ火事の被害を受けているのだ。100キロ以上離れた予選会場まで同行を頼めるような状況ではなかった。
ところが、両親に伴われ予選会場に着いたプライス君は、思いもかけずライバル校であるチコ高校の大勢のランナー達に迎えられた。この特別措置を耳にした彼らがプライス君と一緒に予選コースを走ることを申し出たのだ。彼らの中には、州大会に出場を決めた選手も逃した選手もいる。
こうしてプライス君はチコ高校ランナー達と一緒に予選コースを走り、見事に予選通過タイムを突破して、州大会の出場権を勝ち取った。さらに、チコ高校は家を失ったプライス君を自分達の合宿所へ招待した。大会までの2週間を一緒に練習しようというのだ。
ぼくはアメリカに約30年住んでいる。良い面も悪い面もたくさん見てはきたが、アメリカ人のこのような前例にとらわれない柔軟さとスポーツマンシップは大好きだ。
いよいよとなった州大会当日は冷たい秋の小雨が降る中で行われた。大舞台ではあっても、コースの距離はいつもと同じ3マイル(4.8キロ)だし、走る選手達はみな速いランナーなので、レース自体はあっという間に終わってしまう。
それにしても、ウォーミングアップをする選手達を間近で見ているとため息が出てきた。さすがにそれぞれの地区を代表するランナー達だ。彼らはぼくが指導する生徒達にはない、あらゆるものを持っていた。引き締まった体、精悍な表情、力強いストライド、みなぎる気迫、こういうのをランナーと呼ぶのだ。
スタート前になると、円陣を組み気勢を上げるチームもあれば、1人でコースにひざまずき祈りを捧げているランナーもいた。
息子のチームメイト達もみな普段とは打って変わった、緊張感に溢れる良い顔をしていた。この子達とは夏休み以来ほぼ半年のつきあいになる。アメリカのスポーツはシーズン制なので、この日のレースを最後にチームは解散する。また来年の夏に新チームが形成されるまで、しばらくの間クロスカントリーともお別れだ。