アスレティックトレーナー立花龍司さん指導者講習会レポート(3)

これまで2回にわたってお送りした立花龍司さんの講習会。コーチングとは何か、コーチにとって重要なことをお伝えしましたが、最終回では選手たちへのコーチングの実践についてもレポートします。

褒めるときは “めちゃめちゃ” 褒める

講習会レポート(1)
講習会レポート(2)

前回の最後に選手に対して『叱る』ことは必要でも『怒る』ことは厳禁だという話があったが、叱る時、褒める時にもそれぞれポイントがあるという。

「これは科学的にも証明されていることですが、人間は強い印象が残った出来事は“フラッシュバック”といって繰り返してしまう傾向があります。
例えばゴロをトンネルエラーして指導者に凄く怒られると、それが印象に残ってまた同じようにトンネルをしてしまうということです。ただしこれは逆もあります。
上手くいったことを凄く褒められた時はまたその印象が残っていて同じプレーができるということです。ですから指導者は褒めるときは“めちゃめちゃ”褒めないといけません。

この叱り方、褒め方にもポイントがあります。まず褒める時は選手に立ってもらい、コーチは少し偉そうな感じに座ります。その状態で褒められると選手は凄くいい印象が残るんですね。逆に叱る時は選手に座ってもらい、なるべくリラックスした状態にします。そして逆にコーチは“凛”として、姿勢を正して叱る言葉を言います。そうすると選手は大事なことを言ってもらえると感じて逃げなくなります。

あくまでもコーチと選手は対等です。そしてそう意識するとお互いが楽な気持ちになります。その状態で共同作業で取り組んでいくことがコーチングだと思います」

大事なのは足し算のコーチング

前回に指導者は言葉が重要という話があったが、その言葉の使い方、コーチの伝え方についても話は及んだ。
「よく名選手イコール名監督、名コーチではないと言いますがその通りです。打ち方、投げ方、捕り方を知っていてもそれを伝えることができなければコーチとしてはNGです。そしてその伝え方を身につけるためにはコーチング、心理学といった分野の勉強が重要になってきます。

よく現場の方には『そうは言っても時間がない』と言われることがあります。その気持ちもよく分かります。すぐにやらせたい、すぐにやってもらいたい時はどうしてもあると思います。そういう時も伝え方が重要です。ポイントはマイナスで言わないこと。よくあるのが『これができないからこれをやれ!』というものです。スタートがマイナスですよね。それだと選手は主体的に動きません。逆に『今このプレーができて、これは得意で、次にこれもできるようになったらどう?』とプラスで伝えると選手のとらえ方はかなり変わってきます。選手がそうなったときにプラスのイメージを持つからです。これを『足し算のコーチング』と呼んでいます。

以前、私のジムに来ていた能力の高い中学2年生の選手がいたのですが、ある時から来なくなったので所属しているチームに見に行きました。そうすると監督はその選手に対してたるんでいると言うんですね。今度は自分がその選手に聞いてみると野手になってやることが増えてどうすればいいか分からなくなっていると言う。かなり温度差がありますよね? でも紐解いていくとサードの守備の逆シングルが全然できていないことが大きいということが分かりました。

もともと力のある子ですからバッティングも走塁もできる。ただ中学の野球で三塁線を抜かれるというのは致命的だからその状態では監督も使えないというのも理解できる。ただそれができるようになったら十分活躍できるだろうという話をして、ちゃんとその課題を克服できました。これも『足し算のコーチング』の例だと思います」

意味のない大声も丸坊主も野球にとっては不要

この中学2年生の選手の例から、改めてコーチの重要性についての話が続いた。

「今、例で話した中学生の選手はひょっとしたらそこで嫌になって野球を辞めていたかもしれません。ちなみに彼はその後も高校、大学、社会人でプレーして一流の選手になりました。このようにコーチによって選手の将来は大きく変わります。暴力やパワハラが問題になっている間はレベルが低いです。アメリカ人が日本の少年野球を見て『マフィアが野球を教えているのか?』と言ったという話がありますが、実際に(ロッテの監督だった)ボビー・バレンタインに少年野球の現場を見せた時、彼は日本語をよく知っていますからマフィアではなく『ヤクザが野球を教えているみたいだ』と言っていました。

その場では何が行われていたかというと、ボールを怖がる子どもに対してプロテクターをつけさせて、壁の前に立たせて至近距離でノックを打っていました。虐待ですよね。でもまだこんなことをしている指導者は少なくないと思います。

意味のない大声も丸坊主も野球にとっては不要です。必要な時に声が通らなくなりますし、髪の毛は熱中症から頭を守るためにも必要です。でもよく指導者の方になぜ坊主なのか聞くと、別に坊主というルールではないと言います。これは言ってみれば選手が指導者に忖度(そんたく)していますよね? そういう忖度された状態の指導者が組織をダメにしていくと思います。そうならないためにはどうするか? コーチが様々なことを勉強し続けるしかありません。勉強すればするほど腹も立たなくなります。そういう指導者が一人でも増えて、プロ野球だけでなく野球界全体が良くなってもらいたいと思って日々取り組んでいます」

この後は具体的に野球のプレーでポイントとなる股関節、体幹、肩甲骨、肩のインナーマッスル、握力(野手)と指力(投手)、肘の内側の筋肉について選手、保護者に対してもトレーニング法などの講習が行われた。

良くないコーチングの例として『伝えた練習を選手がせずに指導者が怒る』というケースがあるが、立花さんはそうならないために、なぜその部位とトレーニングが重要かということを、時に選手たちに質問を投げかけながら一つ一つ丁寧に説明していた。まさに理想的なコーチングの実践と言えるだろう。

度々話の中にも出てきた通り、日本の野球の現場ではまだまだ『コーチング』についての意識が低いように感じることが多い。将来の日本の野球界、スポーツ界、社会のためにも、立花さんの話すような意識の高いコーチングが浸透していくことを望みたい。

(取材・写真:西尾典文)

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