シーズンオフのメジャー球団のキャンプ施設を走ってみた

「シーズンオフのメジャー球団のキャンプ施設を走ってみた」の画像

今回はアリゾナへの一人旅だ。アリゾナといえば、多くの人はグランドキャニオン大峡谷を思い浮かべるだろう。だが、ぼくも含めて野球ファンにとって、アリゾナとは即ちメジャーリーグ春季キャンプの開催地だ。公式シーズン開幕前の2月中旬から3月末まで1か月半もの間、メジャーリーグ全30チームの半分、15ものチームがアリゾナ州、それも州都フェニックスの近辺に集まる。

ぼくがここアリゾナ州フェニックスを訪れたのは、シーズンオフの11月上旬のことだ。毎年この時期に当地で行われる草野球ワールドシリーズなるものを観戦に行ったのだが、もう1つの目的はメジャー球団のキャンプ施設を走ってみることだった。

ぼくが住む南カリフォルニアからフェニックスまでは、600キロぐらい離れている。西部劇に出てくるような荒野の中を走るフリーウェイを西に向かい、ひたすら6~7時間のドライブだ。

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砂漠で日の出を見る

フェニックス到着後に向かったのは、大谷翔平選手が所属するロサンゼルス・アナハイムのキャンプ施設。広大な敷地内に、観客収容数が1万人ほどのメインスタジアムと練習用のフィールドが6面ある。

日本のプロ野球では1軍と2軍が別々の場所でキャンプを行うことが多いが、メジャーリーグではキャンプ期間中、メジャーリーガーとその傘下のマイナーリーグ選手たちが全て同じ場所に集まる。

メジャーリーグを1軍とすると、2軍にあたる3A、3軍にあたる2A、さらにアドバンスA、クラスA、ショートシーズンA、アドバンス・ルーキー、ルーキーリーグとマイナーリーグの組織は7~8階層にも渡る。

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メインスタジアム正面

メインスタジアム前の駐車場から走り始めた。この日の最高気温は摂氏20度程度。空には雲一つ見えない快晴で、湿度は低く、走るには申し分なく快適だ。アリゾナは砂漠気候で、春から夏にかけては非常に暑くなるので、日中に屋外を走ることなどはとても覚束ない。だが秋冬は温暖で過ごしやすい。それでも日差しは非常に強いので、サングラスと日焼け止めは必携だ。

メインスタジアムに近い練習用フィールドをメジャーリーガーが使い、マイナーリーグは3A, 2A, 1A, ルーキーと階層が低くなるにつれて、使用する練習用フィールドはメインスタジアムから遠くなる。

それらの練習用フィールドをつなぐ道路に、車は入れない。代わりに電動ゴルフカートがフィールド間の移動に使われる。昨年の春季キャンプ中に大谷翔平選手とマイク・トラウト選手の2人のスーパースター同士が同じカートに乗って移動する場面がスポーツ紙面に載ったことがある。

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フィールドからフィールドへとゆっくり走る。シーズンオフなので、施設内には人っ子1人いない。さすがメジャーリーグの施設だけあって、どのフィールドもフルサイズの野球場にブルペンやバッティングケージがついている立派なものだ。

一番奥のフィールド、つまり最下層リーグの練習場まで行って、そこから振り返るとメインスタジアムははるか彼方にしか見えない。ランニング・アプリで距離を測ったのだが、駐車場からここまでは約1キロ離れていた。

300人を越えるであろう傘下マイナーリーガー全員に電動カートが行き渡るとは、到底思えない。ルーキーリーグの選手ともなれば尚更だろう。重い野球道具を抱え、駐車場からここまでとぼとぼ歩くマイナーリーガーたちの姿を想像してみた。

フィールドに入り込み、外野の芝生も走ってみた。きれいに刈り込んだ天然芝からは野球の匂いがするようだ。この上で多くのマイナーリーガー達がメジャー昇格を夢見て、汗を流したのだろう。

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施設の最深部から。メインスタジアムははるか彼方。

メジャーリーガーたちの何十億円という想像を絶するような巨額契約が連日のように報じられる一方で、そのピラミッドの頂点を目指すマイナーリーガーたちの過酷な環境はよく知られている。彼らの平均的な年収は、100万円以下だと言われ、しかも給料が支給されるのはシーズンがある4月から9月までの間のみ。約160日間のシーズンで140ゲームをこなし、長距離バスや格安航空便での過酷な移動にも耐えなくてはいけない。

そんな元マイナーリーガーの1人に話を聞いたことがある。選手の殆どがシーズンオフに別の仕事に就き、配偶者や恋人の収入に頼る選手も多いとのこと。野球の実力云々の前に、現役を続けるうえで最大の難関は生活苦なのだそうだ。メジャー昇格を果たすのはマイナーリーガー全体のおよそ10% 程度だと言う。それ以外の大多数の選手が知られることなく消えていく。

何となく、夏草や兵どもが 夢の跡、と頭に浮かぶ。

駐車場まで戻り、さらに施設の周辺も少しだけ走ってみた。赤茶けた地面にサボテンが点在する、いかにもアリゾナともいうべき風景と、あとは不愛想な倉庫街に囲まれている。選手達は長いキャンプ期間中、野球以外に一体何をして過ごしているのだろうか。

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施設周辺。サボテンと赤い岩肌の風景。

そんなことをぼんやり考えながら、1時間ほどのんびり走った。途中すれ違ったのは、フィールド整備をしているらしき電動カート数台のみ。誰にも邪魔されないジョギングは、考えことをするには最適な時間だ。

フェニックス近辺には、このようなメジャー施設がいくつも点在する。どこも球場は収容観客数が1万人程度のサイズであることが多く、ファンと選手の間の距離も短く、親密なものとなる。熱心な野球ファンの多くが公式戦よりむしろ春季キャンプ地を訪れることを楽しみにする理由がわかる。次は賑やかな春季キャンプ期間中に来てみたいが、そうなると野球は存分に見ることは出来ても、こんな風にのんびりと走る贅沢は望むべくもないだろう。