東京農大・勝亦准教授に聞いた「少年野球の現状とあるべき姿」(前編)

東京農業大学応用生物学部でスポーツ科学、発達科学、コーチングなどをテーマに研究を行っている勝亦陽一准教授。子どもの発育、発達について多くの調査、研究を行っている。また自身も学生時代は早稲田大学の硬式野球部に所属し、先日行われた早稲田大学野球部OBによる野球あそびイベント実施の中心的人物でもある。そんな勝亦准教授に少年野球の現状、本来あるべき姿などについて話を聞いた。

衝撃だったアンケート結果

――先日は「早稲田大学野球部OBの野球あそび」イベントも取材させていただきましたが、勝亦先生がこのような取り組みをしようと思われるようになったきっかけを教えていただけますか?
「一つは大学生に体育を教えているときに野球をやったことがない、野球について知らない学生が多かったことです。自分たちの年代では考えられないことなのですが、授業でソフトボールをやってみたらバットの持つ手(の上下)が逆だったり、グラブのはめ方が分からない学生がいる。女子だけでなく男子でもそういう学生がいます。
あとは自分の子どもを公園に連れて行った時にボール遊びをしている子どもが少ない。そもそも禁止されていたりして、カードゲームや携帯ゲーム機で遊んでいたりする。地方だとまた事情は少し違うのかもしれませんが、そういうことがあって野球、スポーツを気軽にできる場所がないことが問題なんじゃないかと考えるようになりました」

――野球遊びイベントは今回で3回目。先月(12月)行われたものは現在野球チームに所属していない子どもを対象ということでしたが、そのように限定した背景、狙いなどを教えていただけますでしょうか。

「いずれの回もまず『楽しもう、学ぼう、始めよう』ということをコンセプトにしています。野球の楽しさはまず打つことからスタートすると思いますし、遊びでやる時は自分たちで工夫して独自のルールを作ったりすることも楽しさだと思います。それがいきなり野球チームに入るとまずはルール、決め事から教わる。それで本当に本来の野球、遊びの楽しさが味わえているのかということが非常に疑問でした。だから今回は現在野球チームに所属していない子どもに野球の楽しさを知ってもらうためにイベントを行いました。
小学生のときはいろんな事情があって野球のチームに入れなかった子も中学から始めるという選択肢もあるよ、ということも子どもに伝えたいことでした。1・2回目は野球チームに入っている子どもを対象に行いました。勝つために子どもの役割を固定しまうチームもある。8番ライト、9番セカンド、ベンチでの応援も重要ですけど、そういう役割ばかりだと子どもはどうしても劣等感を覚えますよね。だからまずはルールとか勝つためにやっていたことを置いて考えて、チームの役割から子どもたちを解放してみようという試みをやりました」

――過去に3回行ってみて、実際の子ども達の反応やアンケート結果から見えてきたものはありますか?
「アンケートの結果で多かったのが『色んな子と友達になれたことが嬉しかった』というものでした。これには正直衝撃を受けました。子どもにとっては野球をして楽しいということもありますが、それ以上に友達ができたことが嬉しいんですよね。だから子どもにとっては『遊び』という感覚が大事だと感じました。先日のイベント以外にもリーグ戦期間中に大学の野球場を借りて地域の子どもに開放していますけど、それは野球に限定せずにあくまで自由に遊べる場を提供しているだけです。
昔は自然と行えていたことが環境的に難しくなっているのであれば大人が提供する必要があると感じています。また野球部OBが野球遊びのやり方を教えますが、そのあとは子ども達の自由。途中でつまらないという子どもも出てきて、自分たちでルールを変えたりするんですね。そういう工夫が楽しい部分だと思いますし、場所さえ与えれば今の子ども達もそうやって楽しめる力は持っているんだということは気づかされました」

野球の「一番の楽しみ」が制限されている現状

――自分たちの世代は子供の頃に自然に野球のルールを覚えましたが、改めて考えると野球のルールは複雑で子どもに教えるのも難しいですよね。
「おっしゃる通りです。サッカー、バスケットのようなゴール型、テニス、バドミントン、バレーボールのようなネット型というのはそれぞれ共通点もあって説明もしやすいのですが、野球だけ『ベースボール型』という特殊なものに分類されています。自分たちが子どもの頃は近所のお兄ちゃん達と一緒に野球をやって、そこから自然と教わっていましたが、今は場所を提供しないとなかなかそういうことは起こりません。
ただ大学生の体育では意外と女子にソフトボールが人気だったりします。それもソフトボール経験のない学生が参加することも多いです。聞いてみるとそんなに動かなくていいというのと、自分が打てなくてもボールが遠くに飛んでいくのを見るのは楽しいからだと言うんですね。そういう側面があるのも面白いところだと思います」

――今の環境では子どもが気軽に野球で遊ぶというのはやはり難しくなっているのでしょうか?
「色んな自治体にヒアリングもしましたが、バットがネックになっていることが多いようです。やはり危険度が高いということで禁止になっている公園が多いですね。他の球技であればボールだけでも十分楽しめると思いますが、野球の一番の楽しみはやはり打つことです。そしてそれを制限されてしまっているのが現状で、そのことが野球人口の減少にも繋がっているように思います」

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(取材:西尾典文/写真:編集部)