野球少年の健康を守る「第3回神戸野球肘検診」、724人が受診
1月27日、兵庫県神戸市のアシックス本社体育館で「第3回神戸野球肘検診」が行われた。
OCD(肘離断性骨軟炎)などを早期発見
近年、野球少年の肩、肘の故障が大きくクローズアップされている。
小学生の頃から「勝利至上主義」で、トーナメント形式で試合をしてきた子供は、肩や肘を損傷している可能性が高まる。特に肘は、痛みなどの自覚症状が出るのは相当重症なケースであり、それ以前の無自覚な状態でもOCD(肘離断性骨軟炎)などの障害を負っている可能性がある。
これを放置していると、重症化すれば手術をしなければならなくなる。野球生命を中断することになるばかりでなく、成人してから日常生活に支障が出る可能性がある。
そこで、スポーツドクターなどから野球少年の「野球肘検診」の必要性が叫ばれるようになっているのだ。
今回の「神戸野球肘検診」は、HBCA兵庫野球指導者会が主催し、医療法人社団あんしん会、神戸大学医学部整形外科、株式会社アシックスなどの協力で行われた。
「これで3回目ですが、過去2回は医療法人社団あんしん会のご協力で、年4回、各200人くらいの子どもたちの検診を行ってきました。しかしそれは病院側の負担も大きいですし、手間もかかります。1度でやってしまおうということで、神戸大学医学部整形外科さん、株式会社アシックスさんにもご協力いただき、大きな会場で行うことにしました」
HBCA兵庫野球指導者会の谷中康夫代表は語る。
エコー検診からスタート
朝9時、神戸市のポートタウンにあるアシックス本社の体育館には、兵庫県や大阪府から事前に予約した少年野球チームがやってきた。ユニフォーム姿で、指導者や保護者に引率されてやってきた選手たちは、問診票を提出した。
選手たちはまず問診票の結果で振り分けられる。次にエコー検診でわかった肘の状態によって、選手たちは肘や肩の測定を行ったり、理学療法士(PT)によるチェックを受ける。さらに必要があれば、医師による診察を受ける。
その場でOCDを発見し、いち早く手を打とうという考えだ。
OCDが見つかると、一般的にはドクターストップがかかり、野球活動を中止することになる。中止の期間は病態によるが、1〜2年と長期にわたる。選手や親にとってはショックなことだが、適切に治療をすれば、また野球をすることができる。
選手たちは神妙な顔でエコー検診を受けていたが「大丈夫だね」と言われてほっとする顔も見られた。
またPTチェックで、腕の可動域や関節の曲がる角度などを測定して、その場でアドバイスを受ける選手もいた。
スポーツリズムトレーニングで笑顔が戻る
検診が終わった選手たちは、スポーツリズムトレーニングを体験した。これはリズムに合わせて体を動かすことで運動パフォーマンスを向上させるトレーニング。下肢障害を予防するうえで大いに効果がある。
指導者に動きを教えられて、選手たちはリズムに乗って踊りだす。複雑な動きをするうちに、どんどん乗ってくる。エコー検査、検診の後だけに、緊張から解き放たれて子供らしい表情に戻っていた。
単に検診をするだけでなく、こういうプログラムを組み入れることで、選手や保護者も検診に参加しやすくなるだろう。
さらにトレーナーによってストレッチなどの運動指導も行われた。
検診を受けさせない指導者
こうした野球肘検診は全国で行われているが、最近問題になっているのは「野球肘検診を受けさせない指導者」だ。
検診を受けてOCDなどの障害が見つかれば、その選手は当面、野球ができなくなる。障害が見つかる可能性が高いのは、投球数が多いエースなど主力選手だ。主力が抜けると勝てなくなる。
それを恐れて、検診を受けさせないのだ。また、チームとしては受診しても主力選手だけを外す指導者もいるという。
「大人の都合で子供たちの将来をリスクにさらすことになります。野球肘検診の必要性を知ってもらうためには、知識を正しく身に着けてもらう必要がありますね」
検診に参加した医療法人社団あんしん会の山上直樹医師は語る。
この検診では、毎回、選手たちの検診と並行して、大人向けにOCDなど野球少年の健康管理への知識を深める講習会も開いてきた。
「これまでは指導者と保護者を対象に講習会を行ってきましたが、今回は保護者に絞り込んでいます。指導者は講習を受けてもなかなか子どもたちを病院に連れて行きません。でも目先の勝利を追う指導者とは異なり、親は子供の将来に責任がありますから。
今回は親、特にお母さんに理解していただいて子供に検診に行こう、と言ってもらえるようにしようと思います」
講習会は、別室で数回行われた。OCDの基礎知識と栄養指導の講習に、保護者達は熱心に聞き入っていた。
朝10時から午後5時まで、1日で受診した選手は724人。当初は800人以上を予定していたが、インフルエンザの流行もあり予定をやや下回った。この中で12人の選手にOCDが見つかった。また5人が疑わしい症状と診断された。講習を受けた保護者は192人だった。
検診の「その後」が重要
この検診は、費用は無料。医療法人社団あんしん会、神戸大学医学部整形外科はボランティアで協力した。諸経費はアシックスなどの企業の協賛と、「神戸野球肘検診募金」で賄った。
「子どもとスポーツの未来」を見つめるアシックスにとっても、有意義な支援だったのではないか。
またこの検診は任意であり、異状が見つかった選手のその後の治療も指導者、保護者に委ねられている。さらに異常が見られなかった選手も、過酷な練習や試合で障害を負う可能性もある。「その後」が重要なのだ。
指導者、保護者の意識が高まらなければ、野球少年たちの健康被害はなくならない。そして「野球離れ」を食い止めることもできない。
「神戸野球肘検診」は、医療目的に加えて、指導者、保護者、選手の「意識改革」の目的もあるという思いを強くした。(取材・写真:広尾晃)