渋谷という街が示す、都市型スタジアムとスポーツの可能性
成功の鍵となる“シビックプライド”
この“SCRAMBLE STADIUM SHIBUYA”構想がその狙い通りの結果を生むか、もしくはただの巨大なハコとして負の遺産となるのか。その鍵を握るのが、シビックプライドの醸成である。
なぜなら、元来のスポーツ好き、音楽好きだけが集まる場所として栄えるだけでは、SCRAMBLEは生まれない。その街に住む人、訪れる人のすべてが、このスタジアムを中心とした街づくりに共感し、誇りに思うことで初めてこの構想は完成する。
クリエイティブ・エージェンシーである株式会社ロフトワークの代表を務めながら、地域産業の創出にも携わってきた林千晶氏は、「いろんなものや人が区切られていない空間」を生み出すことが重要と話す。つまり、スポーツとエンターテインメントを中心につくられながらも、それらに関心が薄い人にとっても開かれた空間でなければならないという。
「実はスポーツにも音楽にも詳しくない」と彼女自身は明かしたが、そうした人々にとって関係のない場所だと認識されたとたんに、批判の対象になる可能性があることを指摘した。その末路が、都内にいくつもあるボール禁止、大声禁止の公園である。
そんな結末を避けるために必要なことは、「裾野を広げる」こと。スポーツであれば、“競技”のための“試合”が行われる場所というイメージでは、まだ敷居が高く、区切られた存在になってしまう。
ふらっと立ち寄って体を動かす。地域の運動会が開かれる。こどものダンス会場になるなど、生活者の目線へとハードルを下げていくことで、産業と個人の垣根が徐々に取り払われていくのではないだろうかと林氏は提案する。
「“どこかの産業や企業が儲かる”という図式が見えるものに、人は心を動かされない」という言葉は、民間主導のプロジェクトが陥りやすい結果への警告だ。生活者視点と利益追求。この両輪のバランスが、愛される街づくりの肝となる。
生活者との結びつきを強める一手が、教育業界の参入である。自身も学習塾の塾長を務め、『ビリギャル』の作者でもある坪田信貴氏は、こどもがより能動的に勉強に取り組むためには、義務教育にエンターテインメントの要素を取り入れていくことが必要だとした。
さらに様々な“大人”に出会うことがこどもの夢を広げるとも語った。坪田氏によると、「幼稚園のこどもに聞いた将来なりたい職業のアンケート結果は、今も昔も変わらない。それは、こどもが生活のなかで目にする職業が昔と変わっておらず、職業観が広がらないから」と、こどもたちが育つ世界の狭さを指摘した。
この事象は知識の箱と呼ばれ、人は自分が知らないことを夢見ることすらできないのだ。“SCRAMBLE STADIUM SHIBUYA”では、スポーツを軸にあらゆる文化や人が交差しあう。ここを訪れるこどもたちは、様々な知識や人に出会うだろう。坪田氏はこの構想の実現により渋谷が「憧れが生まれる街」になると言うと、そのキャッチコピーに他のパネリストから感嘆の声が上がった。
林氏も同意見を述べ、代々木公園のなかにつくられた(※)「まちのこども園」がうたう、公園を訪れる人すべてがこどもたちの先生になるという考え方を紹介した。
そこでは“先生”はときに学生やサラリーマン、大道芸人であり、そこにスタジアムができれば、スポーツ選手や応援団も加わるかもしれない。あらゆるものが区切られず、誰のものでもある空間だからこそ互いにかかわりあうことができると話した。
(※)まちのこども園・・・都内で認可保育所を複数運営するナチュラルスマイルジャパン株式会社が、東京大学との共同研究の一環として開園した認定こども園。「こども主体のまちぐるみの保育」を理念としており、地域資源を活用した教育プログラムを実施している。
渋谷という街そのものが、成功モデルを示す
ところで渋谷という街は、すでに若者の街という一昔前のステレオタイプを一掃したようだ。レストラン、ショッピングといった商業施設の間にはオフィスビルが立ち並び、こどもから大人、ビジネスマンや主婦、学生。性別、趣味嗜好、あらゆる属性の人々を抱きかかえ、共存させている。
会場となった渋谷キャストの周辺には緑が茂り、ゆったりとした空間のなか風が吹き抜けていくそこから行き交う人を眺めていると、シティ、ストリートといった定義すら野暮に感じられた。
今回のディスカッションは、スポーツ好きを自認する人に共通の自戒を抱かせるものとなった。スポーツを応援する、スポーツ産業の発展を願うと言いながら、“新参者”を敬遠していなかっただろうか。スポーツの可能性を狭めていたのではないだろうか。
“SCRAMBLE STADIUM SHIBUYA”構想は、文字通りスポーツとそれ以外の境をあいまいにし、混沌とさせる。あえて、特定の形に定義させないことで、次のブレイクスルーを生み出す。様々な生き方や文化が交差する渋谷という街が、その手本を示している。
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