「バットは下から!フライを打とう!」子供たちの可能性を伸ばす悟塾(前編)
「プロ野球選手になりたい」、「試合でホームランを打ちたい」。野球選手なら誰もが願う夢だろう。しかしその夢をどう実現させたらいいのか…?「体が小さいから」とか「センスがないから」とあきらめている子供たちにヤル気を起こさせ、可能性を伸ばしている指導者がいる。福岡県内で「悟(さとる)塾」を運営している西村悟塾長(35)だ。 東福岡高校では神宮大会優勝。甲子園にも出場しセンバツ8強。その後は東海大学を経て独立リーグでは全打撃タイトルを獲得。20年間の選手経験で培った打撃論の一部と、野球少年たちに託す夢について話を聞いた。
大きく、高く。打球をどんどん飛ばしていく子供たち。どの顔も笑顔にあふれ、心から野球を楽しんでいるように見える。
場所は福岡市内にある室内練習場「BALLHOUSE」。平日の19時。悟塾「小学生プロ育成プログラム」のスクールが行われていた。
「フライでいいけん。下から打つ!下から打つ!を意識して!」。
西村悟塾長(35)から声をかけられると、子供たちは思い切りバットを振り、ボールを打ち上げていった。打ち終わった子供たちに感想を聞くと「アッパースイングがレベルスイング! っていうくらいの気持ちで打ってます!」、「下から振れと言われて、昔は全然打てんやったけど、今ではめちゃめちゃ打てるようになった!」と元気いっぱいに答えてくれた。塾生には初心者もいれば、3~4年通っている小学生もいる。ふだんは地域の野球チームで練習・試合をしているが、チームと併用して、空いた時間に塾に来るという熱心な生徒たちだ。
「『試合で打てました!』って報告をもらうことが何よりうれしいですね。ここでは、90度どこにでも同じ強さの打球が打てる打ち方を教えています。日本のプロ野球の少ないイスを狙うのではなく、メジャーリーグで活躍するくらいの気持ちで夢を大きく持ち続けてほしいですね」と西村塾長は語った。

高校時代のメッキが剥げて、大学時代に挫折を味わった西村塾長
自分がしてきた失敗を、子供たちにさせたくない」という純粋な思いから、2013年6月に野球塾を開塾した。中学時代にジャイアンツカップ出場、東福岡高校では神宮大会で日本一になり、センバツ8強を経験した西村塾長。順風満帆な、華やかな野球人生を歩んでいた。しかし、東海大学に入ると状況は一変。大きな挫折に直面する。
「メッキがはがれたというか、活躍できなくなりました。後になって原因がはっきりわかりました。正しい技術を身につけないままガムシャラに練習をしたせいでオーバーワークになり、ケガをしてしまったのです。練習の方向性を間違ったまま、中・高校時代は量だけをこなしていました。結果が出ていたから、技術を省みるきっかけがなかった。自分に技術がないと気が付いたのは、だいぶ後になってからです」。

高2秋は公式戦23試合で打率.449を残し、センバツ注目選手として全国区になった。しかし当時の西村塾長は「安打と打点は稼げるのに、なぜホームランが打てないんだろう…」と疑問に思っていたという。「足もあったので、弾丸ライナーの長打は打ったんですが、スタンドインができない。そもそも、ホームランが打てない打ち方って間違った打撃だったんですよ」と話した。
目先の勝利を目指すあまり「小手先だけの技術に走った」高校時代。結果が出ていただけに、それでいいと思っていた。甲子園に出たことにも満足感があった。少年時代からの勢いがピタッと止まり、技術の壁にぶち当たったのが大学時代。「打てないことを、木のバットのせいにする人がいるけど、そうじゃない。正しい技術があれば木でも打てたはずなんです」とふり返った。

大学卒業後、西村塾長はプロ(NPB)を目指して独立リーグに入団。徳島インディゴソックスー福岡レッドワーブラーズー愛媛マンダリンパイレーツとチームを移行していく中で、多くの指導者、選手と出会い、自分の打撃を一から見直した。その結果、4年間で首位打者、打点王、本塁打王の打撃部門すべてのタイトルを獲得。NPBのフェニックスリーグでは打率5割を残した年もあった。
27歳のとき、遅咲きの外野手として異例のドラフト候補に名前が挙がった。年齢的なハンデもありNPB入団には至らなかったが、遠回りしたぶん、失敗を多く経験することができた。そのことが本質的な打撃論を導き出し、確信を持って人に伝えられるようになった断言する。
「ゴロを打って転がせ!」の解釈が、子供の可能性をつぶしてしまう

「選手がうまくなれないのは、選手のせいじゃない。指導者のせいです」と西村塾長は言う。そして、大人が選手に発する言葉の重みや、選手に与える言葉の影響力の大きさ、怖さを考え、子供たちに細心の注意を払って言葉をかけている。
「『フライを打て』と教えている理由は、フライを打ちに行くという行為が大事だということ。フライを打とうとすることでヘッドが遅れてくるし、ヒジが中に入っていく。ヒットの確率が広がるからです。結果がゴロアウトになっても、それは怒ってはいけないことです」。

少年野球の試合などで、監督が「ゴロを打って転がせ!」と言っているシーンを目にするたび、西村塾長はその選手の将来を危惧してしまう。
「『ゴロを打て』と指導者が言うと、子供は『上から叩くしかない』と思ってしまう。ヘッドを前に出せ、と言ってるのと同じことです。ことば選び一つでその選手の可能性をつぶしてしまうことになる。これは残念なことです」。

最近では短縮化されてきているが、野球の練習は長時間行うのが当たり前になっている。西村塾長も、野球少年時代は人一倍練習をし、努力家と言われた選手だった。しかし、その練習が間違ったやり方だとしたらどうだろう?技術はうまくならないし、結果も出ない。下手をすると、ケガや痛みの原因になってしまうことがある。
「間違った練習は、長時間やればやるほど意味がないです。正しいスイングを身につけていないうちは、打席に入る資格はないとも思っています。メジャーリーグの『フライボール革命』が話題になっていますが、今はいろんな情報を自分で手に入れられる時代。間違った技術ではなく、正しい技術を自分で探して身につけてほしいのです」。

5年間、試行錯誤しながら子供たちを指導し、誰もが体得できる、理にかなった打撃論にたどり着いた西村塾長。自身が20代半ばに「もっと早くこの技術を知っていれば」と後悔したことをベースに、夢を持つ子供たちに「大きく、強い」打球を打てる技術を教えている。野球少年の誰もがホームランバッターになりたい――。そう思っているはずだから。(取材・写真:樫本ゆき)
悟塾(さとるじゅく)
創設:2013年6月。場所:福岡県内の野球練習施設(福岡早良校、福岡東校、福岡和白校、北九州校)。時間:18時~22時の間(基本)。対象:小学生以上。定員:各クラス8~10名程度。*開催日の詳細は、悟塾ホームページ(http://satorujuku.jp/)
西村悟
1983年6月8日生まれ。福岡県古賀市出身。九州古賀ボーイズから東福岡に進み1番打者(外野手)で活躍。高2秋に九州大会優勝、神宮大会優勝。センバツ8強入りを果たす。東海大を経て2006年に独立リーグ・徳島インディゴソックスに入団。2007年同・福岡レッドワーブラーズ、2009年同・愛媛マンダリンパイレーツで活躍し2010年に退団。2013年より悟塾を開校。阪神に2014年まで在籍した西村憲投手は実弟。
取材協力
BALLHOUSE(http://ball-house.com/)
HORYGROUND(http://www.holyground.jp/)