漫画「あぶさん」「MAJOR」の編集者が実践した少年野球改革

小学館、コミックス企画室編集長の宮坂保志氏は「あぶさん」、「MAJOR」など数々の野球漫画のヒット作を手掛けてきた敏腕編集者だ。当然、野球への造詣も深いが、同時に2007年から川崎市宮前区で水沢ライナーズという学童野球チームでコーチ、監督を務めている。

去る1月26日、埼玉西武ライオンズが川口市野球連盟、川口市少年野球連盟、川口市中体連野球専門部の協力のもと行った「第1回川口市baseballサミット」では、少年野球指導者としての自らの取り組みについて発表した。

「第1回川口市baseballサミット」で自らの取り組みについて発表した宮坂保志氏

アメリカで受けたカルチャーショック

宮坂氏は、野球を中心に国内外の取材をしてきた。その中で1994年に初めてアメリカに行き、MLBやマイナーリーグ、独立リーグなどを取材、さらに中米の野球も視察した。
宮坂氏は1994年のMLB取材で、アメリカの野球と日本野球とのあまりの違いがカルチャーショックとなって野球の指導について、深く学ぶようになった。

その流れで2015年、『まんがMAJORで考証 少年野球チーム診断(小学館)』という本を刊行。この本は速い球を投げたり、ボールを遠くへ飛ばす方法を教える本ではなく「皆さんの野球チームがちゃんと運営できていますか」を30項目のチェックポイントで、わかるようにしたものだ。
2013年に、日本体育協会、日本オリンピック委員会、日本障害者スポーツ協会、全国高等学校体育連盟および日本中学校体育連盟の5団体は「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」を行い、古い指導方法を新しい指導に入れ変えようと取り組みを始めている。この流れに沿って、チェック項目を定めたものだ。


『まんがMAJORで考証 少年野球チーム診断(小学館)』

小中学生の野球にはびこる「悪しき慣習」

しかし、小中学生の野球の現場にはびこる「悪しき慣習」は、なかなかなくならない。この「悪習」が、こどもの野球人口激減の大きな原因となっていることを指摘した。
 
少年野球の「悪しき慣習」とは、

・暴力=論外
・長い練習 =朝から晩までの長時間の練習は子供の成長を阻害する恐れがある
・罵声=暴力と同じ
・勝利至上主義=一人の投手に何試合も連続で投げさせるなど
・一方的な指示=監督、コーチが上から支配
・十把一絡げ=子供たちを一列に並ばせて一、二、三と素振りをさせるような
・喫煙=違法ではないが、指導の現場で子どもたちの前で喫煙する
・アンフェアなプレー=トリックプレーを頭脳プレーと称賛する
・根性論=野球は遊びじゃないぞ!修行だ!

など。
これらは、事故やケガ、暴力につながる可能性がある。そして「野球離れ」の原因になっている。
 

選手数が6人に激減

宮坂氏が監督時代の4年前に、選手数が6人に減った。宮坂氏はこの時期、地域でヒヤリングを行った。すると少年野球が地域で評判が悪いことが分かった。
「罵声(選手のかけ声ではなく大人の罵声が聞こえてくる)」、「煙草」、「駐車公害」、「お茶当番の負担」、「お金がかかる」、「指導者や保護者同士が派閥を作るなどごたごたしている」。
これらのほとんどは、前述の「少年野球の悪習」が要因となっていることがわかった。
 
そこで、宮坂氏は3つの施策を行った。
 
1.スポーツ少年団になった
スポーツ少年団は日本スポーツ協会とつながっている組織。明確な理念と考え方を打ち出してこれを公開している。スポーツ少年団に入ることで、日本スポーツ協会の理念を共有していると言えるようになり、暴力の根絶 プレーヤーズファースト コーチング、科学的根拠をもとにした指導、 地域活動への参加などの方針を打ち出した。
「うちの子はバンバン殴ってください」という親には「ウチはスポーツ少年団ですから、そういうことはしません」と言うことができるようになった。また地域活動への参加の一環として、地域のお祭り、清掃活動、ボランティアへもより積極的に参加するようにした。これによって少年野球の地域での評判も改善した。
「うちはスポーツ少年団ですから」ということで、無意味な議論がなくなり「指導者のあり方」が盤石になった。
 
2.AEDを購入した(4年前)
選手のことよりも、大人の都合が優先されることが多い中、AEDを買ったことによって、安全に対する意識が一変した。
例えば「けが対策で氷を持ってきてください」と保護者に言ってもなかなか集まらなかったが、アイスボックスいっぱいに集まるようになった。
また、球数制限などの運動制限への理解も深まった(水沢ライナーズでは、7~8年前から6年生で85球という球数制限を実施)。
活動時間の短縮や、熱中症計(WBGT計)の導入もスムーズに実施できた。今では、心臓震盪予防するための胸パッドを全員が身につけている。そして指導への意識が高まり、公認指導者の資格を取る人が増加している(スポーツ協会資格6人、他も含め9人が有資格者)。
「安全第一」の姿勢を明確にすることで、チームへの信頼を作ることができた。
 
3.地域のティーボール大会を主催した
選手たちに「友達呼んできな」といって、地域の小学生を集めて実施。3チームに分け、総当たり戦を3週にわたって行い、優勝を争った。3回とも参加の子には 記念品を進呈した。
参加者にはカードを配布して参加ごとにハンコを押した。
この大会には、親御さんも来る。親子ともども、グラウンドの空気に慣れ、チームの雰囲気にも慣れてくることで、選手の獲得へとつながった。春と秋の2回実施する中で、選手が集まった。きっかけ作りとして重要だった。
 
3つの取り組みを中心に、4年前6人だった部員数は、2年の間に29人に増加した。

さらなる課題

部員数は増えたが、今度はさらなる課題が浮上した。
それは「勝てない」ということ。
投球制限をし、全員出場を原則とし、グレーゾーンのプレーも絶対にしないフェアプレーで勝つのはなかなか難しい。
それにハードルを下げたことで、運動が苦手な選手もいっぱい入ってくる。身体能力の改善はするが、それでも試合に出て活躍するのは難しい。このため、大人のイライラもたまっている。
この対策として、年2回のスポーツテストなどの結果を記した子供の成長記録を一人一人にフィードバックして、親御さんにも目に見える形で成長を示している。
また、運動能力が低い子が多いので、地域幼稚園と連携し、幼児トレーニングの体験会も行っている。
今、チームには試合に出場するよりも、アカデミー化して子供の健全育成を目的にすべきではないかという議論もある。
宮坂氏は
「チームの選手数の増加は、取り組みの一つであって、問題の解決ではない。野球界をどう活気付かせるのかに視点を置くべき」と強調した。

まとめ

最後に宮坂氏は以下のまとめで締めくくった。
• スポーツの新しい常識を知り、少年野球の現場で実践することが、いま私たちにできること(指導者・保護者)
• しかし、取り組みを進める中で、現場には新たな課題が想定される
• それを踏まえて、NPBや各野球連盟など野球界を代表する組織には、子どもたちを育てる新たな仕組みづくりを期待
レベル別の大会の実施、大会時期の再検討(7,8月に試合をするのはどんなものか?)
• こうした総合的な取り組みによって、野球界の大きな進化に結びつけたい

宮坂氏の取り組みは、今の新しい野球指導の在り方と共通する部分が非常に多い。
注目すべきは、

1.スポーツ少年団になった
2.AEDを購入した
3.地域のティーボール大会を主催した

と3つの明確な指針を打ち出したことで、さまざまな問題を短期的に解決することができたことだ。多くのチーム、指導者にとって参考になるのではないか。(取材・写真:広尾晃)