「バットは下から!フライを打とう!」子供たちの可能性を伸ばす悟塾(後編)
「プロ野球選手になりたい」、「試合でホームランを打ちたい」。野球選手なら誰もが願う夢だろう。しかしその夢をどう実現させたらいいのか…?「体が小さいから」とか「センスがないから」とあきらめている子供たちにヤル気を起こさせ、可能性を伸ばしている指導者がいる。福岡県内で「悟(さとる)塾」を運営している西村悟塾長(35)だ。高校時代に甲子園出場し、その後独立リーグで全打撃タイトルを獲得。20年間の選手経験で培った打撃論をわかりやすく子供たちに伝えている。その極意をヤキュイク読者に初公開!
【前編】はこちら
「ボールを下から上げて。下から上げてね」。
「悟(さとる)塾」を運営する西村悟塾長(35)は、この言葉をひんぱんに使って子供たちにティーを上げていく。金属バットでも、木製バットでも。どちらでも通用する打撃フォームを追求した結果、この指導にたどり着いたからだ。「野球は高校野球だけで終わりじゃない。その先にある、プロ、大学、社会人野球につながる打撃を身に付けてほしいんです」。野球少年たちの将来を見据えた指導が、子供たちを本気にさせ、保護者からの共感を集めている。
入塾してまだ5カ月のゆうい君(小2)は、ティー打撃のとき、バットにボールが当たらず、何度も空振りをしてしまった。塾長はそんなゆうい君に「思い切り振ればいいけん! 気にするな」と優しく言葉をかけた。ウンとうなづき、ひたいに汗をびっしょりかきながら、夢中でバットを振り続けた。
見学していたお父さんは「野球が大好きで、週1回ここに来るのが楽しみで仕方がないみたいです。家に帰って、教わった通りにプラスチックバットで素振りをしてますよ」と、一生懸命な息子の姿に目を細めた。
「下手でもいい。夢中になれるものを、野球で見つけて欲しい――」。
保護者達はそんな思いで週1回、子供と一緒にスクールに足を運んでいる。
ボールの下からバットを出して振り上げる。小学生のときからこのイメージで打つことが重要
先日、ある中学硬式チームの試合前、塾長と選手でこんな会話があったそうだ。
塾長:みんなに一つ質問するけど、昔から常に「低い打球」、「ゴロを打て」って言われていたけど今もそうなの?
選手:はい!(全員)
塾長:じゃあ、ゴロを打てって言われ続けた理由は何かな?
A選手:ゴロは2プレーするから、相手にエラーが出る可能性があるからです。
塾長:やっぱり。みんなそう言われてきたよね?
――ここで塾長は、選手たちにもう一度聞いた――
塾長:じゃあ、君たちは、相手のエラーを願うような、そんなレベルの低い、技術的に何の根拠もない理由でホームランを打つチャンスを捨てているの?
選手:・・・・・・。(沈黙)
塾長:今日の試合は、ゴロ凡打禁止ね。凡打するとしたら、フライ凡打だけ! 今日の試合はベンチ内でいつもと逆の空気感で、試合をしてみて!
そのあと、「監督から連絡が来て、この日の2試合は打線が大爆発したそうです(笑)。たまたまでしょうが、良かったですね」と、選手とのほのぼのとしたエピソードを話してくれた。前編で触れたように、大人が子供に発する言葉の重みを考えながら、声かけをしている塾長。そして、結果が出なかった時の言葉選びも工夫してあげて欲しいと力説する。

「チーム指導者や保護者に言いたいことは、ヒットが打てなかった。3タコ、4タコだからダメだった、など結果だけを見ないで欲しいのです。打球の上がり方や、タイミングの取り方など、内容を評価してあげることが大事です。そうでないと、子供が迷って、思い切ったプレーができなくなります。ホームランを打つどころか、萎縮した選手ができてしまうことになります」。
今夏、教え子の一人から甲子園出場の報告をもらった。その選手はチームの主軸を任され、県大会ではチーム一の4割5分の打率を残したそうだ。大事なトーナメント戦や、甲子園につながる試合。チーム事情や、目の前の勝利を優先するときはもちろんある。だからこそ選手の「内容」を見てあげて欲しい。野球界全体に、そう願いを込めている。
体格は関係ない! 正しい素振りと、ティーで練習を

「身体が小さくてパワーがない。こんな僕でもホームランバッターになれますか?」
小学生からそう質問されると、塾長はこう答えている。
「なれます。絶対になれます。技術に身体の大きさは関係ない。さらに、親が小柄とか、野球経験ナシとかも、全く関係ありませんよ」。
「打者に関しては、体格は関係ないです。それを実感したのが大学野球。ベンチにはガタイのいい選手がいっぱいいて、練習ではマシンでガンガン打つんですが、試合で活躍するのは小柄な選手なんですよ。野球スキルのある選手のほうが活躍します。独立リーグのときも同じで、一番小柄だった水口大地(身長163cm)が西武ライオンズに入団しました。プロのスカウトも、体格以外のところをちゃんと見ているんです」。
ではどんな練習が効果的か? 塾長は「正しい素振り」と「正しいティー打撃」の2つを挙げた。動画にあるとおり、素振りはタイミングを合わせて行うことが重要。ティー打撃は、ネットの先まで打球を飛ばすイメージで打つことが大切だと説明した。その時に、左肩の位置は変えず、壁を作る(ロックした)状態を保つこと。上体を回すのではなく、腰だけを回して打つ。スイングをしたあと、前ではなく後ろに転ぶくらいの勢いで打つことが大事だと話した。選手には言い方を変え「この選手はオーバー気味に、この選手は理論的に…」など、個性に合わせて使い分けをしている。言い方は違うが、原理は一緒。「正しいスイングができないうちは打席に入る資格はない」と言うほど、打撃の基礎作りに強いこだわりを持っている。
【1】「ピッチャーを想定して、タイミングを合わせてスイング」を1セット、という意識で振る
【2】目線はティーネットの高さではなく、その先をイメージして打つ
【3】打球を「上げて」打つことを常に心がける
技術練習と並行して行って欲しいのが、基礎体力の強化だ。大きく飛躍することができる18歳までの成長期に、インターバル走や、自体重でのウエートトレーニングなどで心肺機能を強くしたり、筋細胞を増やしたりすることが大切だからだ。「なわとびなどのジャンプ系の運動をするのもいいですね」。ただし、やり過ぎはよくない。「小・中学生のうちは、練習50%、食事・睡眠・ケア50%くらいの比率が良いと思います」と話した。もちろん、自宅学習も習慣に入れること。運動と同じで、勉強の吸収力が高いのも小学生だということを忘れてはいけない。
野球も勉強もどんどん身につく小・中学生を教えながら「1カ月でどんどんうまくなっていくのが小・中学生。形が固まってしまっている高校生ではもう遅いなと思うときがあります。もちろん僕の指導が全てではなく、チームの教えややり方に従って、自分をどんどん高めていって欲しいですね。甲子園がすべてじゃないけど、聖地を目指して努力することは大事。教え子を応援するのがこれからの楽しみですね」と話した。
最後に塾長に野球界への夢を聞くと、キッパリとこう言った。
「メジャーリーグを日本人だらけにすることですね!」。
純粋に野球が大好きな子供たちと一緒に、自分自身が叶えられなかった大きな夢を追いかける。(取材・写真:樫本ゆき)
悟塾(さとるじゅく)
創設:2013年6月。場所:福岡県内の野球練習施設(福岡早良校、福岡東校、福岡和白校、北九州校)。時間:18時~22時の間(基本)。対象:小学生以上。定員:各クラス8~10名程度。*開催日の詳細は、悟塾ホームページ(http://satorujuku.jp/)
西村悟
1983年6月8日生まれ。福岡県古賀市出身。九州古賀ボーイズから東福岡に進み1番打者(外野手)で活躍。高2秋に九州大会優勝、神宮大会優勝。センバツ8強入りを果たす。東海大を経て2006年に独立リーグ・徳島インディゴソックスに入団。2007年同・福岡レッドワーブラーズ、2009年同・愛媛マンダリンパイレーツで活躍し2010年に退団。2013年より悟塾を開校。阪神に2014年まで在籍した西村憲投手は実弟。
取材協力
BALLHOUSE(http://ball-house.com/)
HORYGROUND(http://www.holyground.jp/)