『天才は親が作る』の著者に聞く、トップアスリートの親たちの子育て、教育方針(前編)

「“天才”と呼ばれる選手たちは、これほどの能力をなぜ十代から発揮できるのか?」そんな疑問から選手の親たちの取材を始めて20年。スポーツジャーナリストの吉井妙子さんはこれまで、さまざまな競技のトップアスリートの親たちを取材してきました。そんな吉井さんに、トップアスリートの親たちの子育て、教育方針などについてお話を伺いました。

トップアスリートの多くが小さい頃に水泳をやっていた?

――これまで多くのツップアスリートのご両親、ご家庭などを取材されてきていますが、特に印象に残っているご家庭はありますか?
「どのご家庭も、親御さんも、同じように素晴らしかったですね。1997年から始めた取材記事をまとめた『天才は親が作る』(文藝春秋)が出版されたのが2003年。そして2冊目の『天才を作る親たちのルールトップアスリート誕生秘話』(同)が2016年。親御さんの基本的な考え方はどちらも変わりませんが、子育ての知識は増えていると感じました」
 
――今は子育てや教育に関する本や雑誌がたくさんありますし、ネットでも簡単に情報を拾える時代になりました。
 「そうですね。ただ、トップアスリートの親御さんたちは、得た情報をそのまま鵜呑みにせず、自分たちの環境に合わせて子どものために活かしているという印象を受けました」
 
――情報が多すぎて迷ったときには、どうしたらよいのでしょうか?
「自分の子どもをよく見ること。そして、会話の中から気持ちを探ることですね。子どもの発言や反応について、本心をちゃんと見極めることが大切です。もし、子どもに“嫌だ”と言われたとしても、“NO”にもいろいろな意味があります。元女子プロテニス選手の杉山愛さんのお母さんは、愛さんの言動をすぐに判断せず、会話を重ねてじっくり様子を見て、どういう意味があるのかを少しずつ学んでいったそうです」
 
――『天才は親が作る』にありましたが、杉山愛さんが子どもの頃、散歩に行くためにスニーカーを履くのに、お母さんは手伝わずに本人が自分で履いて紐を結び終えるまで30分でも待っていたそうですね。
「子どもの時間に親御さんが合わせていましたね。それも、無理にではなく、自ら進んで。これも、取材したご家庭に共通していたことですね。
愛さんのお母さんは、『子どもが一歳にならお母さんも一歳。だから上から目線じゃなくて、一緒に育っていくの』とおっしゃっていました。愛さんのことを話すときも、“うちの娘”とか“愛”ではなく、“彼女”と呼んでいて、一人の人格として認めていらっしゃいました」
 
――現代の親の方が、子育てをする環境に恵まれていると思いますか?
「はい、それは間違いなく恵まれていると思います。ですが、子どもの運動経験という意味では逆だと思います。脳の運動野を発達させるためにも、スポーツをするなら小さい頃に足底筋を鍛える必要があるのですが、マンションの絨毯の上で生活しているとそれが難しいのです。
ですから今、東京23区出身者のオリンピック選手はほとんど生まれていません。近年では、野球の松坂大輔選手と水泳の北島康介さんくらいではないでしょうか? でも、松坂選手の場合は特殊でした。お父さんがトラックの運転手で、小さい頃から配達地域だった茨城県の田園地帯まで連れていってもらっていて、野原や川で降ろされて思いっきり走り回っていたそうです。そして、お父さんの仕事が終わったらまた東京の自宅に一緒に帰ってくるというのを繰り返していたみたいです。競技を水の中で行う北島さんも例外と言えますね」

――吉井さんの2冊の本を読むと、トップアスリートの多くが、小さいときに水泳をやっていたという共通点もあります。野球ですと大谷翔平選手(エンゼルス)、藤浪晋太郎選手(阪神)、井口資仁監督(ロッテ)。
「水泳をすると肩甲骨と股関節がやわらなくなり、他のスポーツにも応用が利くようになるんです。ゴルファーにも水泳経験者が多いですね。あとは剣道、体操をしていたという話もよく聞きますね」

――松坂選手も小学生時代に野球と並行して剣道を習っていたそうですね。
「子どもをスポーツ選手に育てたいのであれば、小さい頃からいろんな競技をやらせて、好きなものを自分で選ばせるのがいいと思います」

勉強も運動も「やらされている」感がない

――ご両親がなんらかのスポーツをやっていたご家庭も多いですね。
「親が楽しそうにプレーしているのを見て、自分も(その競技を)やりたいと思うようになったというのも大きいと思います。男子卓球の張本(智和)選手はご両親も卓球選手。親が卓球をする姿を見ていて楽しそうだとか、親と一緒にいたいという気持ちで、2歳から卓球を始めたそうです。
張本選手は小学校4〜5年のときに、全国模試で全国1位を4回獲っています。それはお母さんに、『卓球をやってもいいけど、その前に勉強をやろうね。勉強してからなら好きなだけ卓球をやっていいよ』と言われて、卓球がしたくて勉強も頑張った結果なんですね。
イチロー選手(マリナーズ)も中学時代には東大受験をすすめられるほど成績が良かったそうです。学校の成績がいいトップアスリートが多いのは、勉強ができるかどうかというよりも、集中力があって、何を学べば自分の役に立つという判断も、きちんとできているからなんですね」

――スポーツが好きになったら集中力が高まって、勉強もできるようになるなんて一石二鳥ですね!
「常に正しいことを判断できないと、スポーツもうまくならないですから。そこでもし、親が運動することを遊びと捉えて、『遊んでばかりいないで勉強しなさい!』なんて言ったら、勉強も運動も楽しくなくなってしまいますよね」

―――確かに、本に出てきた選手たちは、運動も勉強もやらされている感がありませんでした。
「勉強も、『覚えなきゃ!』というよりもゲーム感覚です。できなかったことができるようになる楽しさや達成感を味わうと、何事も楽しくなりますから。
もうひとつ大事なのは、自分で考える癖をつけさせることです。親がすぐに答えを与えないで、『あなたはどう思うの?』と問いかける。さきほどの杉山愛さんのお母さんのように。
もしも子どもから『あれはやりなくない』って言われたら、『どうしてやりたくないの?』と理由を尋ねる。『休みたい』って言われたら、『どうして休みたいの?』と聞き、『お腹が痛い』って言われたら、『どうしてお腹が痛くなったの?』と会話しながら、自然に答えを引き出す。じれったいやりとりなのですが、取材した親御さんたちは、そのじれったさをクリアしていましたね」

――トップアスリートの親御さんたちは、子育てに必要なことをよくわかっていらっしゃったんですね。
「子育ての方法がわかれば、いつ何をすればいいかもわかります。子どもの運動神経が最も発達する9〜11歳を“ゴールデンエイジ”と呼びますが、ここでしっかり体を鍛えると運動能力もアップします。ですから、この時期に技術をたくさん教えるためにも、その前の段階で好きなことに目覚めさせるのです。『野球が好き!』、『自分はサッカーをやる!』というふうに。大谷選手はそのルーティーンにぴったりとはまって、9〜11歳で基礎的な野球のスキルをしっかり学んだので、高校では応用ができればいいというレベルだったそうです」

――一冊目の本を出した2000年代前半は、まだ「ゴールデンエイジ」という言葉が一般的ではありませんでした。
「脳科学や幼児教育の先生が研究を重ねてくださったおかげで、今では広く知られるようになりました。ゴールデンエイジの手前、子どもが10歳になるまでの10年間は、子どもの一生を左右する大事な時期です。だから、親が仕事を最優先にしている場合ではないのです。子どもの一生がここで決まってしまうのですから」

(取材・江原裕子/写真:編集部)

インタビュー後編に続きます。

プロフィール

吉井妙子さん
スポーツジャーナリスト。宮城県出身。朝日新聞社に13年勤務した後、1991年よりジャーナリストとして独立『帰らざる季節中嶋悟F1五年目の真実』(文藝春秋)で1991年度ミズノスポーツライター賞受賞。スポーツに限らず人物ノンフィクションを手掛け、経済や芸術の分野でも幅広く執筆。『天才は親が作る』『天才を作る親たちのルール』(ともに文藝春秋)、『松坂大輔の直球主義』(朝日新聞社)、『神の肉体清水宏保』(新潮社)、『トップアスリートの決断力』(アスキー)など著書多数。
 

紹介した著書

「天才は親が作る」(文春文庫)

天才と呼ばれる選手の親は特殊な才能の持ち主ではない。ただ、子供への愛情のかけ方や接し方がちょっとだけ違っていたのである
松坂大輔、イチローなど10人の天才の親に、彼らが育ったお茶の間で「子育て」について徹底取材した画期的ノンフィクション。天才たちを育てたのは普通の親だった。そこには一つのルールがあった―。幼い娘が靴紐を結び終えるまで30分待った杉山愛の母など目からウロコの実例の宝庫。子育て中の親必読。

松坂大輔(野球)、イチロー(野球)、清水宏保(スケート)、里谷多英(スキー)、丸山茂樹(ゴルフ)、杉山愛(テニス)、加藤陽一(バレー)、武双山(相撲)、井口資仁(野球)、川口能活(サッカー)

「天才を作る親たちのルールトップアスリート誕生秘話」(文藝春秋)

日本を代表するトップアスリートは、家庭でどのような教育を受けたのか。
親がしたこと、しなかったこと。12家族から見えるそのルール。

世の中には「天才」と称されるスポーツ選手が何人もいる。天才って何? 大量の汗とともに磨かれる技、そして肉体と精神、その上に成り立っている競技スポーツに生きる選手に対して、「天才」という曖昧模糊とした言葉には違和感がある。その疑問から始まった、トップアスリートの親へのインタビュー集。多くの読者に好評を博した2003年刊の同テーマ書籍に続く第二弾。

萩野公介(水泳)、白井健三(体操)、桐生祥秀(陸上)、永井花奈(ゴルフ)、石川佳純(卓球)、木村沙織(バレー)、井上尚弥(ボクシング)、竹内智香(スノーボード)、藤浪晋太郎(野球)、宇佐美貴史(サッカー)、宮原知子(フィギュアスケート)、大谷翔平(野球)の親へ取材。
それぞれ育て方には個性がありながら、数え切れないほどの共通項もあった。筆者がそこで導き出す、天才の作り方とは。