『天才は親が作る』の著者に聞く、トップアスリートの親たちの子育て、教育方針(後編)

「“天才”と呼ばれる選手たちは、これほどの能力をなぜ十代から発揮できるのか?」そんな疑問から選手の親たちの取材を始めて20年。スポーツジャーナリストの吉井妙子さんはこれまで、さまざまな競技のトップアスリートの親たちを取材されてきました。そんな吉井さんに、トップアスリートの親たちの子育て、教育方針などについてお話を伺いました。

結果よりもプロセスを褒めてあげることが大切

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――親が子どもに与える影響は、やっぱり大きいのでしょうか?
「子は親の履歴書。親の言動からしか、子どもは形作られません。小さい頃にどういう言葉をかけてもらって、どういう環境で育ったかによって、子どもの脳が発達しますから、親の人生観が子どもに現れます。
それと、取材をさせていただいた親御さんたちは、外で子どもの自慢をしないような方達でした。また、家族仲がいい、夫婦仲がいいのも特徴的だと思います。
親ができるだけ子どもと一緒にいる時間を作って、子どもの時間に合わせることで、子どもは自分が親に愛されていることを感じられる。親に愛されているから、人を愛することができて、人に対する思いやりや気配りを学べる。すると、自然と周りに支援者が集まってきて、協力体制を作ってくれるようになるんですね」

――井口資仁監督(ロッテ)も、その運動センスに気づき、野球をすすめたのはご近所の方たちだったそうですね。
「そうそう。井口監督は高校を卒業する頃まで、自宅の横の敷地でティーバッティングやシャトル打ちの練習を夜遅くまでしていたらしいのですが、住宅街だったにも関わらず、一度も近所の方から苦情を言われたことはなかったそうです。
トップになるには、自分の力だけではなく周りの支援や助けが必要です。それも計算尽くではなくて、『あの子、一生懸命やっているから応援したくなっちゃう』という感じにですね」

――トップアスリートの親御さんの中で、特に野球選手の親御さんの共通点でいうと、特徴的なことはありますか?
「お父さんがみんな野球好きということですね。経験者ではなかったとしても。また、夕食を家族で食べ、野球がみんなの楽しい話題になっているのも共通していました。お父さんが、昼間の子どもの良かったプレーの話をお母さんにしたりして、それを聞いて子どもは鼻が高くなる。子どもには本能的に承認欲求があって、大人に褒められると素直にうれしいですし、本気になります」
 
――褒めることは大切ですが、ただ褒めればいいだけではないそうですね?
「結果よりもプロセスを褒めてあげることが大切ですね。結果ばかりを褒めてしまうと、次から達成しやすい目標ばかりを選んでしまうようになりますから。
それから、ときどき伸びた鼻をへし折ってあげることも大切です。ちゃんと褒めてあげつつ、浮ついてきたと思ったらパキッと鼻を折る。そのバランスと、へし折るタイミングが重要です。たとえば、地域の大会で優勝して、周りの人に『すごいね』って言われていたとしたら、『県大会にはもっとすごい選手が集まっているよ』という風に。県大会で勝ったら、『全国大会はもっともっとレベルが上がるんだよ』と」

――ちょっとのところで満足せずに、もっと上に行きたいという気持ちにさせるのですね、強制ではなく。
「強制的にやらされた子は、ほとんど潰れてしまいます。楽しいからとか、お父さんやお母さんが喜ぶからとか、やりたい理由があって進んでやることが大切です。
それと、ご家庭の中で野球が、“お父さんと息子の野球”じゃなくて、“家族みんなの野球”になっていることですね。大谷翔平選手(エンゼルス)一家がその典型で、練習を見に行くのはお父さんだけではなくて、お母さんも家事が終わるとお姉ちゃんと一緒にグラウンドに行っていました。また藤浪晋太郎選手(阪神)一家は、彼が中学から硬式野球をやっていたので、最後の家族旅行が小6のときだったらしいのですが、大会について行って全国を訪ねたのが家族旅行でレジャーになったと親御さんが言っていました」

トップアスリートが育った家庭は「普通の家庭」

――遠征といえば、中学や高校の硬式野球部はとてもお金がかかるイメージがあります。プロになる選手の家はやはり裕福なご家庭が多かったのでしょうか?
「いえ、いわゆる普通のご家庭が多かったですね。でも、一見すると“裕福”だと思われるような生活を、親御さんが一生懸命に働いて子どもにさせてあげていましたね。そしてその親の苦労を、子どもがしっかり見て育っているように思いました。
親御さんたちはそれを嫌々やっているのではなく、恩着せがましいことも一切言いません。子どもがかわいくて仕方がないから、時間も愛情もお金も子どもにかけているのです。お父さんも、会社の同僚と飲むよりも子どもと遊ぶ方が楽しいから、子どもと一緒にいることを選ばれていました。
皆さんが口を揃えて言うのは、『うれしいのは息子や娘が有名になったことでも、お金を稼ぐようになってくれたことでもなく、楽しい子育ての時間を私たちに与えてくれたこと。それに対して、ありがとうって言いたい』ということでした」

――「子ども中心に時間を使う」「強制しない」「その競技の話題を家族で楽しむ」というのが運動する子の子育てには有効なのですね。
「野球をする子の親なら、野球を好きにさせて、楽しいんだって思わせること。楽しくさせるには、まずできたら褒めてあげる。結果だけではなくて過程も褒めてあげて、親も楽しんでいるよという背中、姿勢を見せてあげることがいいと思います」

――今は子どもの野球人口が減っているのですが、子どもに野球をやらせるメリットにはどんなことがあると思いますか?
「野球のようなチームスポーツ全般でいえることですが、他人に迷惑をかけないようにすることや他者への思いやり、他人を活かして自分も生きることなど、社会性を身につけられルことだと思います。松坂大輔選手(中日)は野球を通して、「嘘をついてはいけない」「仲間を大切にする」ということを、徹底的に学んだそうです。
それから、一生の友達ができること。これは親御さんにもいえて、子どもの同じ少年野球チームのお父さんやお母さん同士で仲良くなって、今でも友達付き合いを続けているという話もよく耳にしました」

吉井さん、貴重なお話しありがとうございました!

(取材・江原裕子/写真:編集部)

プロフィール

吉井妙子さん
スポーツジャーナリスト。宮城県出身。朝日新聞社に13年勤務した後、1991年よりジャーナリストとして独立『帰らざる季節中嶋悟F1五年目の真実』(文藝春秋)で1991年度ミズノスポーツライター賞受賞。スポーツに限らず人物ノンフィクションを手掛け、経済や芸術の分野でも幅広く執筆。『天才は親が作る』『天才を作る親たちのルール』(ともに文藝春秋)、『松坂大輔の直球主義』(朝日新聞社)、『神の肉体清水宏保』(新潮社)、『トップアスリートの決断力』(アスキー)など著書多数。
 

紹介した著書

「天才は親が作る」(文春文庫)

天才と呼ばれる選手の親は特殊な才能の持ち主ではない。ただ、子供への愛情のかけ方や接し方がちょっとだけ違っていたのである
松坂大輔、イチローなど10人の天才の親に、彼らが育ったお茶の間で「子育て」について徹底取材した画期的ノンフィクション。天才たちを育てたのは普通の親だった。そこには一つのルールがあった―。幼い娘が靴紐を結び終えるまで30分待った杉山愛の母など目からウロコの実例の宝庫。子育て中の親必読。

松坂大輔(野球)、イチロー(野球)、清水宏保(スケート)、里谷多英(スキー)、丸山茂樹(ゴルフ)、杉山愛(テニス)、加藤陽一(バレー)、武双山(相撲)、井口資仁(野球)、川口能活(サッカー)

「天才を作る親たちのルールトップアスリート誕生秘話」(文藝春秋)

日本を代表するトップアスリートは、家庭でどのような教育を受けたのか。
親がしたこと、しなかったこと。12家族から見えるそのルール。

世の中には「天才」と称されるスポーツ選手が何人もいる。天才って何? 大量の汗とともに磨かれる技、そして肉体と精神、その上に成り立っている競技スポーツに生きる選手に対して、「天才」という曖昧模糊とした言葉には違和感がある。その疑問から始まった、トップアスリートの親へのインタビュー集。多くの読者に好評を博した2003年刊の同テーマ書籍に続く第二弾。

萩野公介(水泳)、白井健三(体操)、桐生祥秀(陸上)、永井花奈(ゴルフ)、石川佳純(卓球)、木村沙織(バレー)、井上尚弥(ボクシング)、竹内智香(スノーボード)、藤浪晋太郎(野球)、宇佐美貴史(サッカー)、宮原知子(フィギュアスケート)、大谷翔平(野球)の親へ取材。
それぞれ育て方には個性がありながら、数え切れないほどの共通項もあった。筆者がそこで導き出す、天才の作り方とは。