50歳ランナーがマンモス・レイクスで高地トレーニングをした結果

8月の初旬、ぼくはマンモス・レイクス(Mammoth Lakes)にいた。カリフォルニアの北側、ヨセミテ国立公園から1時間ほどの距離にある、この山岳リゾートを夏に訪れるのは3年連続になる。目的は、息子が所属する高校クロスカントリー走部が毎年行う恒例の夏合宿に参加することだ。なぜ50歳を過ぎたぼくが高校生ランナーと一緒に山を走るのかについては、昨年の記事に詳しく書いた。

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合宿に参加した若きランナーたち。若くないのも交じっているけど、コーチや保護者たちだ。

この合宿は1週間で、高校生ランナーたちはキャンプ場でテント生活だ。朝にメインの練習があり、午後は山歩きをする。ベースとなるキャンプ場は標高2400メートル。高地トレーニングで知られるコロラド州ボルダー(高橋尚子さんが滞在した)やアリゾナ州フラッグスタッフ(日本代表水泳チームが合宿をする)よりも高い位置にある。酸素は薄く、しかもこの季節は極度に乾燥していて(湿度20~25%)、少し走ると胸が痛くなるほどだ。他にもたくさんの高校や大学の学生ランナーたちがこの地で合宿をしている。

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“レイクス”の1つ、Lake Mary

息子が所属するのは、昨年カリフォルニア全体で団体6位に入賞した強豪チームだ。100人以上いる部員の中から選ばれた30人だけがこの強化合宿に参加する。だから、彼らは皆が皆、ぼくから見ると、かなりの実力を持ったランナーたちだ。男子だと5キロを14~16分で走り、女子でもほぼ全員が20分を切る。そもそも、ぼくのような素人中高年ランナーがついていけるレベルではないのだ。

当然のごとく、ぼくはいつも最後尾のランナーから、さらに大幅に遅れるのだけど、何はともあれ彼らと同じ距離を走る。昨年は7日間全ての練習コースを完走した。今年もまたそのつもりだった。彼らにとって、この合宿はあくまでも本格的なシーズンに入る前の練習なのだが、ぼくはこの合宿で彼らについていくことを目標にして1年間トレーニングしてきたと言っても過言ではない。飽きっぽいわりには妙にしつこいところがある性格なのだけど、ぼくがこの夏合宿にここまでこだわるのは、ある苦い思い出が背景にある。

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選手たちは毎回の練習が競争だ。スタートも真剣。

息子が初めてこの合宿に参加した2年前に、ぼくも初めてこのマンモス・レイクスを訪れた。と言っても、昨年や今年のように7日間フル参加したわけではない。クロスカントリー走部の合宿というものがどんな様子か興味があったので、1泊だけして、翌朝のランにも参加させてもらったのだ。

そのときのぼくは、高地で走るということがどんなことかよくわかっていなかった。もちろん、酸素が薄いと呼吸が苦しくなるというぐらいの一般知識はあったけど、それを実際に経験したことはなかった。物事を深く考えないで、何とかなるだろうと高をくくって痛い目にあうのは、子供の頃から変わらないぼくの悪い癖だ。そしてそのフィジカルな痛みがないと知識が身につかない。つまりは馬鹿だ。

その日のメニューは、15キロぐらいのトレイル・ランだった。ぼくはそれまでにフルマラソンを何回も走っているし、100キロのウルトラマラソンだって完走したことがある。いくら酸素が薄くたって、15キロぐらいは何でもない。そう思った。

スタートの前にコーチがこの馬鹿を心配して、わざわざ「大丈夫? 無理しないで半分ぐらいの距離にしたら」と言いに来てくれた。馬鹿は馬鹿なりに気を使って、「大丈夫、大丈夫。遅れるかもしれないけど、気にしないで選手たちを見ていて」と答えた。

スタートしてたったの500メートルぐらいで息が上がって、それ以上走れなくなってしまった。ジョギングくらいのペースで走っているのに、まるで100メートル走をしたみたいに、呼吸が苦しくなるのだ。こんなはずはないと思って走り続けようとすると、今度は脚がまるでマラソン30キロ付近のように重くなってくる。思わず膝に手をついて立ち止まってしまった。

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快走するトップランナーたち。中央が息子だ。

選手たちの姿は、とっくに見えなくなっていた。仕方がなく、とぼとぼ歩いていると、前方に先回りをしたコーチが待っていた。こうなることは予想していたのだろう。そこからは、歩いたり走ったりの繰り返しだ。コーチが教えてくれたショートカットしたコースを通り、約半分の距離をなんとか終わらせたときには、選手たちは既にクールダウンも済ませていた。

後から知ったのだけど、低酸素に適応するまでの時間には個人差があるものの大抵は3~4日ぐらいはかかるらしい。だから合宿の前半はペースを意識して落とし、徐々に距離とペースを上げていく。それでも低地と同じペースでは走れない。その日は5日目だったから、選手たちは既に高地順応がかなり進んでいた。着いた翌日にいきなり走ろうとした馬鹿がついて行けるはずはなかったのだ。

それにしても情けなかった。体力だけは自信があったのに、なんという様だろう。これでは何の取柄もない、ただのイケメンではないか。来年こそはちゃんと準備をして、彼らと同じ距離を走ってやろう。それが2年前にぼくが決心したことだ。

そのようなわけで、この合宿に来るのは3回目、フルで参加するのは2回目となった。高地で走るペースも大体つかめるようになった。要はいつもよりペースを抑えたらいいのだ。きつくなることに変わりはないけど、それがどれだけきつくなるかが分かってさえいれば、少なくともパニックに陥ることはない。競争をする選手たちはそうはいかないだろうが、ぼくのようにただ完走を目指すだけのランナーは、ただひたすら自分のペースを守ればよい。

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ある日の筆者。だいぶ壊れてきた。

そのおかげで、今年は毎朝走る10~20キロを、途中で止まらずに走れた。もちろん、トップ選手たちには遠く及ばないが、一番遅い新入生となら良い勝負になることもあった。コーチがふざけて『The Most Improved Runner』(もっとも成長したランナー)とぼくを呼んだくらいだ。

昨年は、午後の山歩きを2回ほど参加しなかった。朝のランで疲れ果てて、どうしても体が動かなかったのだ。今年は、すべてに参加できるだけの余裕もあった。少しは体も慣れてきたのだろう。そして嬉しいことに、今年のマンモス・レイクスは今までで一番美しかった。

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午後の山歩き。

ここには、カリフォルニアでも最大規模のスキー場がある。今年の冬は記録的とも言われるほどに積雪量が多く、ぼくらが合宿に行くたった1週間前の7月28日(!)までゲレンデのリフトが営業していた。遠くに万年雪が見える風景はマンモス・レイクスではお馴染みなのだが、今年はキャンプ場から1時間ほど歩いただけで、その万年雪で雪合戦をして遊べるくらいに残っていた。滝の水量も昨年に比べてはるかに多い。

湖や川も雪解け水が流れ込み、足を漬けると痛いぐらいに冷たい。アイシングには格好ではあるのだけど、ぼくなどは1分も水の中にはいられない。それなのに、次々と高い岩から湖に飛び込んではしゃぐ高校生ランナーたち。どうかしているのではないか。

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万年雪ではしゃぐランナーたち。幼稚園児のように延々と雪合戦をしていた。

風景が美しいだけではなく、今年は野生動物に遭遇する機会も多かった。雪が多いと、動物たちもエサが見つけにくいのだろうか。鹿を毎日のように見かけるのはよいとして、キャンプ場にはクマまでやってくる。昨年は1回しか見なかったが、今年はほぼ毎晩だ。1度などはクマがクーラーボックスを開けて、中に入っていたプロテイン・バーの包みを破いて、食べているところにまで出くわした。こうなると、まるで放し飼いのペットのようだが、やはりクマはクマなので、近くで見るとやはりそれなりにびびる。

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こんなクマが毎日のようにキャンプ場にやってきた。特に何もしないで、立ち去るのを待つ。

キャンプ場では携帯電話の電波がほぼ届かない。勿論テレビもない。高校生ランナーたちは1つのテントに5,6人が押し込まれ、食事は慣れない野外料理を自分たちで作る。量はともかく、控えめに表現しても、ろくなモノは食べていない。有料シャワーは一応あるけど、せいぜい2日に1回がいいところで、毎日入る子はいない。走るだけでも過酷なうえに、こうしたキャンプ生活には、やはり馴染める子とそうでない子がいる。息子は幸い、馴染むどころか大好きな方だ。ぼくもそうだ。夢のように楽しい1週間だったが、息子は今年で高校3年生。この合宿に来るのもこれが最後だ。来年からは何を1年間の目標にするべきか、ぼくは今決めかねているところだ。