死ぬまでにやりたいことの1つ? アリゾナ州セドナのトレイル

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英語には、Bucket Listという表現がある。直訳すると“バケツのリスト”になってしまい、それでは何のことだかさっぱりわからないけど、これはつまり、あなたが死ぬまでにやりたいことや達成したいことを書き出したものだ。リストの中身は何でもいい。普段は生活に追われて実現できないけど、これをしたら私は幸せになれる、そんな風に思えるものの1つか2つは(あるいは1000個でも)誰でも持っているだろう。

例えば、自転車で日本一周をしたいとか、ホノルル・マラソンを走りたいとか、初恋のあの人を探し出して会いに行くとか、サーフィンを習うとか、なんでもいいし、いくつあってもかまわない。「死ぬまでに一度でもいいから、あの店のショーケースに並んでいるケーキを端から端まで食べてやる」なんて人もいるかもしれない。

人生について悩んでいる人、あるいは死を迎えようとしている人は、自分がやりたいことを1つ1つ具体的に書き出すことで確かな指針と精神の平安を得ることが出来る、こともあるらしい。ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンの渋い配役で、そのままズバリのタイトルがついた『The Bucket List』と言う映画があって、その日本リメイク版がつい最近公開された『最高の人生の見つけ方』だ。

ぼく自身は、そのようなリストを実際に書き出したことはないが、心の中にはひそかにリストがある。その中でも、セドナを走るということがリストのかなり上位に来るものの1つだった。何がきっかけだったのかは、はっきりとは覚えていない。どこかでセドナ・マラソンの案内を見たときに初めてセドナという地名を知った気もするし、友達がセドナで結婚式を挙げた写真を見たことがそれより先だったような気もする。どちらにしても10年ぐらい前から、あのセドナの景色を眺めながら走りたいとずっと思っていたのだ。

昨年のこの時期、その長年の念願がまさに叶うはずだったのに、些細なミスでセドナを素通りしてしまったことはここでも書いた。

記事に書いた通り、それはそれで悪くはない経験だったのだが、やはり心残りでもあった。昨年と同じ用件でアリゾナに行く機会があったので、今回こそはと思い、昨年と同じようにフェニックスからセドナへ向けてインターステート17を北上した。

期待通りの絶景とよくわからなかった癒しスポット

フェニックスを出発したのは、まだ薄暗い朝6時ごろ。この砂漠の中にある人工都市を抜け出すと、すぐに高速道路の両側は見渡すばかりの大地になる。そして段々、はるか遠くに見えた岩山が近づいてくる。レッドロックと呼ばれる赤みがかった奇岩と緑が織りなす雄大な景色だ。

昨年の教訓から、今回は走るトレイルを予め決めておいた。わかりにくい場所にすると、また道に迷って面倒くさくなる悪弊が出る恐れがあったので、比較的名前の知れたスポットを選んだ。狭い橋のようになった岩からの絶景で有名なDevil’s Bridgeだ。

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高速道路を下りて州道に入る。目的地Devil’s Bridgeまであと30分ほどの地点。

トレイルの入り口に着くと、まだ9時前だというのに駐車場は既にいっぱいで、道路脇に車が並んでいた。少し有名な場所にし過ぎたかなと思ったが、今さら別の場所を探すのも気が進まない。第一、人が多いことは気に入らなくても、周りの景色はぼくが夢見てきたセドナのイメージそのものなのだ。雲一つない快晴で、天気も申し分ない。まるで絵葉書のような、と言えば陳腐だが、それ以外に表現のしようがない。

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トレイルの前半は車も通れるが、殆どの人は歩く

ジープがすれ違えるぐらいの広い未舗装道路が1,2キロぐらい続き、段々傾斜が険しくなってくると、トレイルの横幅も狭くなる。そして、最終的には人が1人しか通れないような登山道になる。トレイルの入り口から観光スポットのDevil’s Bridgeまでは約4キロぐらいだろう。普通の人は1時間ぐらいかけて歩くらしいが、ぼくは写真を撮る以外、殆どの行程を走ったので40分ぐらいで着いた。

ずっと長い間夢見ていた場所に来たのだから、もっとじっくり景色を楽しめばよさそうなものだけど、ぼくは歩くよりは走る方が好きなのだから仕方がない。もっともタイムを競っているわけではないので、何回も立ち止まって写真を撮る。走る→写真を撮る→走る、その繰り返しだ。登山道が険しくなってくると、流石に歩くわけだけど。

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ぼくは、トレイルの目的地であるDevil’s Bridgeまで行ったわけではない。その直前まで行って引き返してきた。そこは突き出した岩のてっぺんが幅の狭い橋のようになっていて、人々が絶景を見下ろす格好の撮影スポットになっている。

実は、ぼくは高所恐怖症で、そのような場所に立つことを想像するだけで体が震える。名前の通りに悪魔的に恐ろしい橋なのだ。癒しを求めてセドナに来て、わざわざ恐怖で足がすくむような場所に行く人の気が知れない。だから、このDevil’s Bridgeそのものの写真はない。前述したように、ネットにはそこで記念撮影した写真が溢れているので、興味がある人は “Sedona Devil’s Bridge” をキーワードにして画像検索してみてほしい。

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Devil’s Bridgeではないが、断崖で写真を撮る人たち。ぼくには近づくことさえ無理だ。

癒しを求めて、と書いたけど、そうしたスピリチュアルなものを求めてセドナにやって来る人は多い。セドナ市内にはボルテックスと呼ばれるパワースポットが何箇所もあることで有名だし、セドナ全体がボルテックスなのだと言う人もいる。ボルテックスとは、本来は『渦』という意味で、そうしたスポットに行くと、幹が渦のようにねじれた木が何本もあるそうだ。セドナ4大ボルテックスと呼ばれるのがエアポート・メサ、カセドラル・ロック、ベル・ロック & コートハウス、ボイントン・キャニオンで、そこには大地からのエネルギーが満ちていると言われている。

「あるそうだ」とか「言われている」とか、他人事のように書いたのは、ぼく自身には全くそのような神秘的な事象に縁がないからだ。それに元々好きなことだけをやって暮らしているので、和らげるべきストレスも癒されるべき苦しみもない。そのようなわけで、せっかく長い間の念願だったセドナに行ったのだけど、そして、それはとても嬉しい体験であったわけだけど、ぼくの魂には取り立てて目立った変化はなさそうだ。

それでもセドナは美しかった。その中を走るのは楽しかった。ぼくのBucket Listにあった1つ『セドナのトレイルを走る』は実現した。だけどこのリストは短くなったわけではない。なぜなら、そこには『セドナのまだ見たことのない場所に行ってみる』という項目が今回追加されたからだ。

セドナのトレイルマップを見ると、長さも険しさも様々なトレイルがそれこそ数えきれないほどある。今度はもっと腰を据えて、セドナに何日も滞在してやるぞ、と心に決めた。死ぬまでに1度でいいから行ってみたいって思うような場所は、1度来たら必ずもう1度来たくなるものだ。それじゃキリがないじゃないかとも言えるだろうが、ぼく自身はこうして楽しみが増え続けることに文句はない。そんな風に思える場所が実はセドナの他にもたくさんある。毎日飽きもせずに体を鍛えているのは、いつでも旅に出ることができるようにしておくためでもあるのだ。

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