【京都国際】試行錯誤と新たな試みで見えてきた甲子園
昨秋は秋季府大会で準優勝。今春は優勝、そして今夏の府大会も準優勝。夏は逆転サヨナラ負けで悲願の甲子園出場とはならなかったが、25歳で監督に就任して今年で12年。昨秋からの1年間は今まで地道に取り組んできたことが、ようやく形になってきた1年だったと小牧憲継監督は振り返る。
「やんちゃな集団」を自分たちで動ける集団へ
99年に野球部が創部された当時は京都韓国学園という校名で、韓国からの留学生や在日韓国人の選手がほとんどだった。04年に現校名となったが、京都成章OBで関大を経て小牧憲継監督が京都国際に指導者としてやってきたのがその翌年の05年。08年に監督に就任したが、当時まず指導において徹底したのは「人間教育」だった。
「もともとはやんちゃな選手の集まりでした。運動能力の高い子ばかりでしたが、いかんせん野球にならなかったんです。チーム力どうこう以前の問題ですね。選手らには野球がうまくなりたいという気持ちはあったんですけれど、日常生活がむちゃくちゃで(苦笑)」。
試行錯誤の指導を繰り返しながら環境整備にも力を入れた。まず体育会系にありがちな無駄な上下関係を排除した。
「ウチの学校は1学年の生徒数は40人程度。全校生徒も約120名で、野球部の部員数も1学年17、8人なんです。限られた人数なので、上級生は後輩を大事にしようと言って、このスタンスになりました」。
この部員数なのはもうひとつ理由がある。京都国際に来たことのある人はだいたいの人が驚くであろうグラウンドの狭さだ。両翼○m……とは言い難い、やや長方形のいびつな形をしたグラウンドは、レフト方向は75mほど、ライト方向が60mほどしかない。
「このグラウンドで全員を練習させようと思うと限界があるし、部員があふれて1年生で球拾いばかりというのもかわいそう。ここで3年間しっかり野球ができて、進路まで面倒を見ようとするとこの人数になりました」。
だが、練習の雰囲気が実にいい。チームスタート当初は小牧監督自らがキャプテン役となり、ノックで敢えて厳しい言葉を投げかけて選手に考えさせ、注意することが多かったが、最近はそれを選手間でやるようになった。
「自分がやっていた姿を真似して、選手間に受け継がれているみたいです。監督はあくまで選手らのサポート役なので、何かがあればそこで助言する程度なので」。
今では小牧監督がグラウンドで声を挙げることは滅多にない。練習メニューの間にキャプテンが集合をかけて話し合い、自主的にミーティングをするようになった。“やんちゃの集まり”と揶揄してきたチームでも、“自分たちでうまくなりたい”という信念はしっかり残っている。自主的に動けるかどうかで「その年のレベルが分かります」と小牧監督。
まずは守りを固める
寮に戻れば選手らは和気あいあいとした雰囲気となり、もちろん上級生、下級生の垣根はない。洗濯など身の回りの自分のことは自分でこなし、反対に後輩にさせるとペナルティが課されることになっている。
とはいえ、狭いグラウンドだからこそ効率のいい練習ができないものか、小牧監督が熟考を重ねた。そこでたどり着いたのが守備力向上だった。
「プロに行く選手は打ててナンボですけれど、それ以前に守れて当然。ですので、まずは守りをしっかりできるようにならないといけないと思いました」。
いくら打てても守備ができていなければ野球にならない。そのためディフェンスを固めることを優先した。内外野の連係プレーはなかなかできないが、取ってから投げる動作をいかにスムーズにできるようになるか。ボール回しからソフトボールの動きを取り入れたり、わざと落としてから投げる練習など、様々なノックのバリエーションで守備力アップを図っている。
過去に京都国際からプロ野球界へ進んだ選手は4人いるが、いずれも野手。今秋のドラフト会議で日本ハムから3位指名を受けた上野響平遊撃手は、小柄ながら実にスピーディーな動きでゴロをさばく守備力が高く評価されている。上野は野球を始めた幼少時代から「打撃より守備が好き」と話す“ディフェンス重視”の選手だ。小牧監督に上野の人物像について尋ねると「教室ではどこにいるのか分からないほど静か。でも野球になると変わります。上野は職人気質なところがあり、中学の時の練習を見た時から守備で食べていける子だと思いました」と早くからその才能を見抜いていた。
高校野球をやっている以上は、甲子園に行くことが大きな目標だが、上野選手は甲子園ではなく「プロに行きたいから(京都国際を)選んだ」と志望理由を明かしてくれたが、その言葉が実に興味深い。
「ウチに来る子は甲子園に行きたいというよりも、プロに行きたいっていう子が多いんです。ウチは朝練がなく夕方以降は好きな時間まで自主練習ができますが、周りがやっているからと流される子はあまりいません。上野もその1人。自分のやりたいようにマイペースでやって上を目指しています」。
先進的なトレーニングの導入
小牧監督が小中学生の練習を見るにあたり、まず着眼点を置くのは“一生懸命さ”だ。
「守備では自分のところに来なくても、ボールを追いかけていく子には目がいきます。ファウルになる球でも全力でしっかり取りに行っているか。そういう子は伸びます。最近は外野でも一生懸命打球を追いかけない子もいますし、はじいて落としてしまっても諦める子も多いんです」。1球をどれだけ大切にできるか。そして無駄にしないか。ひたむきにボールを追いかける子ほど伸びしろは無限だと指揮官は言う。
“来てくれた子を上の世界に通用するように育てていけば、振り向いてくれる人はいるかもしれない”と、決して中学時代に名をあげた選手ではない子どもたちを鍛え上げ、ようやく府内でも認められる存在になった。
最近では、ヨーロッパのトップクラスのプロサッカーチームが導入している、認知能力、判断能力、運動能力を高めるためのトレーニング「ライフキネティックトレーニング」を野球界でいち早く導入して取り組んでいる。ちょっとした道具を使い、様々なテーマのもと目と頭を同時に動かして脳を鍛えるのだが、実はこれが難しい。だが「視野が広がった」「プレーの選択肢を一瞬で判断できるようになった」と選手らにも好評だ。
新たな試みをどんどん取り入れ、古豪、新鋭校がしのぎを削る京都の高校野球の戦力図を変えつつある京都国際。36歳の若くアグレッシブな指揮官のもと、“悲願達成の日”はそう遠くはないはずだ。(取材・写真:沢井史)