【明石商業】卒業後も選手たちが伸びる理由
明石商から初めてのプロ野球選手が誕生したのは昨年。西武からドラフト1位指名を受けた松本航(日体大)だ。そして来年のドラフト候補に挙がる山崎伊織(東海大)、吉高壮(日体大)、さらに中森俊介、来田涼斗(共に2年)と在校生にも注目選手が多い。すっかり全国区となった明石商の選手が大学でもモチベーションを維持し続ける理由と、明石商の普段の取り組みに迫った。
狭間善徳監督は、毎年12月になると2年生部員と進路について一人一人と面談を行う。選手自身がこの先どうなりたいのか、大学で本格的に野球がしたいのか。表情を見ながらその胸の内にある選手の思いをしっかりと聞き取る。
「ここで、どの選手がどのレベルの大学に行きたいかある程度把握して、冬場に大学の関係者のところに頭を下げに行きます。監督になった頃は進学先のパイプが全くなかったので、色んな大学に足を運んできましたが、選手らの思う進学先を決めるには速い段階から各大学を回っていかないといけないので。上のレベルで野球をやりたい生徒の出口をしっかり作ってあげないといけないですからね」。
明石商野球部は1953年に学校創立と共に創部され、現在まで60年以上の歴史がある。狭間監督は06年に明石商に赴任してコーチとして指導し、07年に監督に就任した。監督就任当時、明石商の野球部からは野球を続ける選手は関西圏の大学に進んでいたが、今ではその構図はすっかり変わった。
「能力の高い選手は基本的に関東の大学に行きます。関東には全国からレベルの高い選手が集まりますし、そういう意識の高い選手に出会うことが財産になる。その中で人間関係を築いていくことも大事です」(狭間監督)。
狭間監督の母校である日体大をはじめ、今では有望な選手が年々関東の大学に進学している。レベルの高さだけでなく、環境の変化も選手を変えてくれると思っているからだ。
「関東の大学に行くと、必然的に寮に入ることになる。でも関西の大学は寮よりも自宅通学の方が多い。そうすると、やはり自分に甘えが出てしまいます。その点、親元を離れて関東に行った子はそれなりの覚悟もあるし、絶対にやってやらないと、という気持ちは強くなりますよね」。
昨年、西武からドラフト1位指名された松本航(日体大)は、高校時代は実はプロ志望だった。だが、当時はそこまで名の広まっていなかった右腕に「兵庫県のベスト8で負けるようなピッチャーがプロで通用するかと(苦笑)。プロに行くなら評価されて行った方がいい」と狭間監督は進学を勧めた。社会人チームからもオファーはあったが、熟考の末、日体大へ。結果的に進学にしたことで、ハイレベルな環境に揉まれ、最高の評価を受けて念願のプロの世界に進むことになった。そんな先輩の姿を見て「自分もあんな風になりたい」と、後輩が後を追い、明石商からは毎年のように日体大の門をくぐっている。
これまで狭間監督は、基本的に“ドラフト候補”と囁かれている選手でも進学を勧めることが多かった。来年のドラフト上位候補と囁かれている山崎伊織(東海大)は、同学年でエースだった吉高壮がセンバツ8強進出後にマウンドに立たなかった春の県大会でエース級の活躍を見せ、優勝の立役者となった。夏の大会でも注目投手として名前が挙がり、プロ志望なのではと囁かれたが、進路は東海大だった。吉高が日体大に進むことが決まっており「吉高とは違う大学でプレーしたい」と敢えてライバル校へ。そして今はチームのみならず、リーグを代表する投手に成長した。
狭間監督は“高卒プロ”を敬遠している訳ではない。個々のフィジカル面などを考慮した上での結論だ。いくら結果が出ていても、ケガが多かったり体が弱かったりすれば、プロのレベルにどれだけついていけるのかが未知数だからだ。「プロの世界はそんな甘くはない。簡単に“行きたい”と言って行ける世界ではないです」と指揮官。だが、前述の松本の場合は故障をしたことがなく、体の柔らかさが特徴だった。「練習態度は真面目。何でも真剣になってコツコツ取り組むタイプ」と普段の姿勢も評価しており、敢えてもっと経験を積んでスケールアップした上でプロに行って欲しいという指揮官の願いもあったのだ。
“さらに上へ”という貪欲さが磨かれるのは普段の練習にもある。部員が100人を超える明石商は、とにかく競争が激しい。チームは大きく3班に分かれ、他の運動部も共用で練習しているグラウンドでは曜日によってできることは限られるが、練習メニューをうまく回しながら汗を流している。1班がノックを受ける時は2班が走塁練習のためにランナーとなる。そして3班はトレーニング…という具合だ。1班(いわゆるAチーム)のレギュラーとして定位置を獲得していても、ライバルが頭角を現し、ポジション争いから後退すると、早々に2班(Bチーム)に“降格”することも。「1班にいたのに翌日に3班になることもありますよ。レベルだけでなく、取り組む姿勢とか練習態度も判断の上なので、生徒らからしたら毎日気が抜けないでしょうね」と狭間監督。サバイバルのような厳しい環境に身を置くことで、向上心をかき立て、次のステージで戦う上での大きな糧にもなっている。
今年は初めて明石商から直接、プロの世界に水上桂が飛び込む(楽天7位指名)。さらに来年はエースの中森俊介、1番打者の来田涼斗とドラフト候補選手が目白押しだ。注目度がさらに高まる明石商は、ここまで3季連続甲子園出場中。その先輩たちの背中を見つめる現役の“明商球児”は、「次は自分が」と今日も懸命に白球を追いかけている。(取材・写真:沢井史)