メンタルコーチに聞く、困難な状況にある子ども達との接し方

高校野球はコロナ禍によるセンバツ大会の中止、部活の活動自粛、春の県大会中止、夏の甲子園予選も行われるのか不透明という状況です。このような状況下において、指導者が「切り替えていこう」「前向きに取り組もう」と声を大にして伝えても、選手たちはなかなか簡単に気持ちを切る変えることは難しいかもしれません。世界規模での危機に対して、大人たちはどのような心構えで選手と接していく必要があるのでしょうか? メンタルコーチの藤代圭一さんにお話を聞きました。

選手の感情を受け止める

高校野球に限らず、多くの国際大会やプロスポーツが中止となり、新型コロナウイルスの影響は、スポーツ界にも大きな影響をもたらしています。プロスポーツ以外にも、部活動や地域のスポーツクラブの活動も大幅に制限され、世界中でスポーツに関わる多くの人たちがストレスを抱える状況です。

このような状況でまず大切なことは、自分自身が感じている感情を否定せずに受け止めることです。センバツ大会や甲子園に出場できるはずだったことを考えるととても悲しい。悔しい。ネガティブな感情だったとしても、そう感じている選手自身の感情をまずは受け止めること。そして、無理矢理「切り替えさせようとする姿勢」を手放すことが大切です。
読者のみなさんにも、大舞台において「緊張するな」といくら自分自身に伝えても身体が震えてしまうことがあったように、思考よりも身体はとても素直な反応を示します。ですので、思考だけを無理矢理変えようとしてもうまくいきません。感情の浮き沈みは誰にでも起こります。選手にとって「良き理解者」であることを再認識し、悲しい、悔しい、無力感といった感情をまずは受け止めましょう。

つながりを感じる機会をつくる

人とのつながりが幸福感を高めてくれる点も忘れてはいけません(※)。家族、友人、チームメイトとのつながりを意識的につくり、対話をする機会をつくりましょう。現在、対面での対話の実施は制限がありますが、オンラインツール(テキスト、テレビ電話、ソーシャルメディアなど)を活用したコミュニケーションをとることは十分に可能です。

※ハーバード・メディカル・スクールが1938年から75年以上にわたって実施している「成人発達研究」は、幸福や人生の豊かさをもたらすものとして、他のいかなる要因よりも「よい人間関係」にかかっていると伝えています。

その際に「おすすめの質問」をご紹介します。小さなコトで良いので、
「最近あった嬉しかったことは何ですか?」
「感謝したいことは何ですか?」
「前に進んだことは何ですか?」
「いま、大切にしたいと思っていることは何ですか?」
といった問いに答え、伝え合うことによって、お互いに素直な気持ちを吐き出し、受け止め、チームでの関係性を深めることができます。最初は少し気恥ずかしかったり、慣れないかもしれません。けれど、この質問のワークを繰り返していくことで、1人ひとりがつながりを感じ、自分の思いを分かち合うことができます。

スポーツをしている理由を思い出す

選手自身が自分の中に渦巻いている不安を話せると、つぎの「成長」に少しずつ目を向けることができます。ここで重要な点は、最初にお伝えしたとおり「無理矢理、切り替えないこと」です。中には「いまは練習したくない」という選手もいるかもしれません。

そして、すぐにこの先の大会や練習がいつ再開されるかの目処を立てることは難しいでしょう。けれど、「なぜ、スポーツをしているのか?」と自分に問いかけ、原点ともいえる理由を思い出すことはできます。スポーツをする理由は「勝つことだけ」ではないはずです。「野球が好き」「もっとうまくなりたい」「大切なチームメイトと一緒にプレーしたい」「成長を感じられることが嬉しい」。選手1人ひとりがスポーツをしている理由を思い出せる機会をつくりましょう。

いま、できることは何がある?

練習やトレーニングを継続すると決めた選手に対しては、こうした状況の中においても「成長できる要素」を一緒に探していきましょう。こうした機会においては、物事に柔軟に対応する姿勢などのメンタリティを向上させることができますし、十分な睡眠を取ること、栄養のある食事を摂ること、家でもできるトレーニングや有効なトレーニングアプリ、健康維持の方法などを伝えることも大切です。

また、重要な視点は「いま、できることは何があるだろう?」といった問いに選手と一緒に向き合うことです。

「なぜ、自分たちの代だけ…?」
「今後の大会はいつ開催されるのか?」
「また開催中止になるのではないか?」

と今後の行く末が気になることは誰にでもありえます。けれど、自分自身が変えられることは「自分」しかありません。トレーニングにしても、十分な環境を用意することはできないかもしれません。けれど、成長するために「いまできること」も必ずあります。そして、大会などの目標を立てることができない一方で「日々、どのように過ごしたいか?」といった1日ごとの目標と行動を積み重ねることはできます。

コーチ自身もセルフケアを!

指導する選手だけでなく、ご家族を支える立場の方もおおくいらっしゃるかと思います。選手のストレスに対し、効果的に対処し、感情を調整できるように、コーチご自身もセルフケア(十分な睡眠を取る、栄養のある食事をとる、適度な運動をする、自分自身の感情と向き合う、他者と対話をする、つながりを持つ、指導する理由を思い出す、できることに意識を向ける)を意識しましょう!

藤代圭一(メンタルコーチ)

(一社)スポーツリレーションシップ協会代表理事。教えるのではなく問いかけることでやる気を引き出し、考える力をはぐくむ「しつもんメンタルトレーニング」を考案。日本女子フットサルリーグ優勝チーム、アイスホッケーU20日本代表チーム、さらには地域で1勝を目指すキッズチームまで、数多くの実績を挙げている。現在はスポーツだけでなく、子どもの学力向上をめざす保護者や教育関係者に向けたコーチングをおこない、そのメソッドは高い評価を得ている。著書に「子どものやる気を引き出す7つのしつもん(旬報社)」「惜しい子育て(G.B.)」「サッカー大好きな子どもが勉強も好きになる本(G.B.)」がある。