【脱・流れ論】野球の「流れ」を再考する(2)

鹿児島大学の榊原良太准教授による「野球の流れ」に関する研究。待望の第二回は「流れ」が本当に選手のプレーや勝敗に影響を与えているのか、つまり「結果上の流れ」について検証しています!

前回の記事では、「流れ」という現象を「メンタル上の流れ」と「結果上の流れ」という2つの側面から考えることを提案しました。その上で、「流れ」が本当に選手のプレーや勝敗に影響を与えているのか、つまり「結果上の流れ」について検証する必要があることを書きました。

「結果上の流れ」が存在するのであれば、それは得点や失点といった、実際の「数値」に表れると考えられます。たとえば、「ファインプレーは流れを良くする」というのが本当であれば、ファインプレーがあった後の攻撃は、そうでないときと比べて、得点が入る確率・平均などの数値が高くなるはずです。
もちろん、ファインプレーがあったからといって、その後の攻撃で必ず得点が入るわけではありません。しかし、たくさんのデータを集めることで、ファインプレーによる「流れ」の影響が、はっきりと数値に表れるようになります(大数の法則と呼ばれるものです)。
なお、「ホームランはチームに流れをもたらす、その証拠にホームランが多いチームは勝率が高い」といったことがときどき言われますが、これは誤りです。なぜなら、得点を多く取った方が勝つという野球のルール上、得点の入るホームランが勝率を高めるのは自明のことだからです。そこに「流れ」の話はそもそも必要ないということですね。

このように、「結果上の流れ」の存在は、ファインプレーの例のように、必要なデータをたくさん集めて、得失点の確率や平均を比較することで検証が可能です。以下からは、これまでに行われてきた研究を紹介していきたいと思います。

イニングの先頭打者への四球は流れを悪くするのか?

以前、とある元プロ野球監督の方が、「イニングの先頭打者への四球は、ヒットよりも失点につながりやすい」とテレビで解説されていました。四球で「流れ」を悪くするくらいならヒットを打たれた方がマシ、なんてことは、野球をやっているとよく言われます。たしかに、四球を出すとチームにイヤな雰囲気がただようため、ヒットに比べて失点につながりやすいような気もします。さて、実際のところはどうなのでしょうか?

実はこの疑問、今から10年以上も前に、名古屋大学の加藤英明先生と神戸大学の山﨑尚志先生が『野球人の錯覚』という本の中で検証しています。この本では、2005年度のセ・パ公式戦全846試合のデータを使い、イニングの先頭打者の出塁がヒット(単打)と四球の場合で、失点の確率・平均に違いがあるかを分析しています。もし、四球の方が「流れ」を悪くするのであれば、失点の確率・平均は、ヒットよりも高くなるはずです。結果は表のようなものでした。

なんと、失点の確率も平均も、ヒットと四球の間でほとんど違いがなかったのです!元プロ野球監督も信じている、野球界では常識とも言える通説ですが、実際のデータはそれを支持していませんでした。

「2005年のプロ野球データでそうなっただけではないか」と思われる方もいるでしょう。そこで、筆者が同じテーマで行った研究について紹介します。この研究では、2009~2018年の夏の甲子園のデータを使いました。先ほどの研究と同じように、イニングの先頭打者の出塁がヒットと四球の場合で、失点の確率・平均に違いがあるかを調べました。ヒット1697ケース、四球595ケースを分析した結果が、以下の表です。
  
*先頭打者がヒット・四球で出塁した場合の失点確率と失点平均(2009~2018年夏の甲子園)

やはりこちらも、ヒットと四球の間にほとんど違いはありませんでした(統計的にも意味のある違いはありません)。つまり、高校野球のデータを使っても、プロ野球の場合と同じ結果が再現されたのです。

さらに、2005年のメジャーリーグのデータを使った研究が、ニューヨーク大学の研究者たち(R.J.セラ先生とJ.S.シモノフ先生)によって行われています。そして、こちらでも同じように「ヒットと四球で点の入りやすさに違いはない」という結果が得られています。

これらのデータを見る限り、「イニングの先頭打者への四球は流れを悪くする」という通説は、かなり信ぴょう性が低いと言えるでしょう。

ほかの場面での「流れ」はどうなのか?

もちろん、「ほかの場面では流れの影響が見られるはずだ」という意見もあるでしょう。実は、先ほど紹介した『野球人の錯覚』では、ほかにもさまざまな角度から、「流れ」の存在の検証が行われています(全てを紹介することはできないので、ぜひ実際に本を読んでみてください)。

たとえば、例にもあげたファインプレーについてです。「あのファインプレーが流れを引き寄せた」なんてことはよく言われますが、実際にファインプレーがあった次のイニングは、攻撃チームに得点が入りやすいのでしょうか?結果は表のとおり、ファインプレーがあったとしても、得点の確率・平均にほとんど違いは見られませんでした。ファインプレーはチームを盛り上げ、なんとなく得点が入りそうな雰囲気を作り出します。しかし、それはあくまで「メンタル上の流れ」であって、実際の得点への影響、つまり「結果上の流れ」の存在は確認されなかったということです(ちなみに、ファインプレーをされた相手側の得点にも影響は見られませんでした)。

*ファインプレー後の攻撃の得点確率と得点平均 (2005年プロ野球)

さらに、バント失敗、盗塁死、牽制死といった、攻撃ミスが「流れ」を悪くするかについても検証されています。チャンスをつぶしてしまったとき、「相手に流れがいってしまった」なんて言ったりしますが、実際のところはどうなのでしょうか?結果は表のとおりです。むしろ、攻撃ミスがあった後の方が、失点の確率・平均ともに低いという結果となってしまいました。

*攻撃ミス後の守備の失点確率と失点平均 (2005年プロ野球)

ほかにも、「ホームランは流れを良くする」「守備の時間が長くなると流れが悪くなる」「2アウトから出塁を許すと流れが悪くなる」といった通説が検証されていますが、いずれも実際のデータのもとでは支持されませんでした(ちなみにここでのホームランの影響は、先に指摘した誤りとは異なる形で、正しく検証されています)。

「流れ」の存在を支持するデータは?

ここまでは、「流れ」の存在を支持しないデータを見てきました。一方で、「流れ」の存在を支持するデータもあります。

『野球人の錯覚』では、「4番打者が打つと流れが良くなる」という点についても検証を行っています。最近は「2番打者最強説」なんて話もありますが、それでもまだ、4番打者の存在は特別で、チームでも信頼のおける打者が担う場合が多いでしょう。そんな4番打者が打てばチームに「流れ」が来る、というのも直感的にうなずけます。
もし4番打者が打つことで「流れ」が良くなるのであれば、次の攻撃でも点が入りやすくなるはずです。4番打者が打点をあげたイニングの次の攻撃を見てみると、得点の確率・平均ともに通常よりも高いことがわかりました。これは「4番打者が打つと流れが良くなる」ことを支持する結果です。

*4番打者打点後の攻撃の得点確率と得点平均 (2005年プロ野球)

また、昨年の野球科学研究会第7回大会にて、米子東高校の野球部員たちが「高校野球に流れは存在するのか」というテーマで発表をしていました。彼らは、部に現存する公式戦のデータを使い、試合終盤(7~9回)の先頭打者のヒット・四死球・エラーのそれぞれで、得点の確率・平均が異なるかを検証しています。結果は、エラーはヒットよりも失点の確率・平均ともに高いというものでした。これも「エラーは流れを悪くする」ことを支持する結果と言えるでしょう(ちなみに筆者のデータでは、エラーはヒットに比べて失点の確率・平均ともに「低い」という結果となり、このあたりの違いも興味深いところです)。

フェアな姿勢で「流れ」の存在を考える

これまでに行われてきた「流れ」の存在に関する研究を紹介してきました。「流れ」の存在を支持しない結果が多いことから、思った以上に「流れ」の存在が絶対的なものではないことを、実感していただけたかと思います。

しかし、この記事では「流れは存在しない」ということを主張したいのではありません。そもそも、「流れ」の存在を検証した研究が少ないため、今の段階で何か結論を下すのは、早すぎると言えるでしょう。この記事で主張したいのは、まずはフェアな姿勢で「流れ」の存在を考えてみましょう、ということです。

もはや「流れ」の存在は、多くの野球人にとって、疑う余地すらないものなのかもしれません。実際、この手の話をすると、「そんなデータには何の意味もない」「野球を知らないやつがエラそうに言うな」などのように、頭ごなしに否定をする(そして怒り出す)人も少なくありません。

しかし、はたしてこのような姿勢は、「流れ」という現象の理解、さらには野球というスポーツに対する見方、考え方の向上につながるのでしょうか?おそらくつながらないでしょう。

野球に限らず、スポーツは日々進化していきます。かつての「水を飲んではいけない」という指導のように、それまでの常識が突如、非常識に変わることも珍しくありません。野球もセイバーメトリクスの流行により、次々と新しい発見が生まれています。その中で、「流れ」の存在だけが旧態依然としたまま、疑いようもなく正しいなんてことがあるでしょうか?そんなことはないでしょう。今回の記事で示したように、少なくとも疑う余地くらいはあるはずです。

記事のタイトルの「脱・流れ論」は、いつまでも変わらない「流れ論」から「脱」しよう、という意味が込められています。少しでも良いプレーをしたい、少しでも勝つ可能性を高めたいという方は、ぜひ一度、フェアな姿勢で「流れ」の存在を考え、そして積極的に疑ってみてください。新しい野球の見方、考え方に気づけるかもしれません。

今回紹介したデータは、「流れ」の存在を信じる人にとっては、納得いかない点も多く、いろいろな反論もあるかと思います。そこで次回は、よくある反論とそれに対する回答、さらには「流れ」という言葉を使うときにしばしば起きてしまう、やっかいな問題について書いていきたいと思います。

(鹿児島大学准教授/榊原良太)