『打撃伝道師 神奈川から甲子園へ――県立相模原で説く「コツ」の教え』を紐解く4つのキーワード

 中学軟式野球の監督として全国大会に3度出場し、2005年から戦う高校野球の場でも、数々の実績を収める県相模原・佐相眞澄監督。川崎北で2007年秋ベスト4、県相模原では2015年春の関東大会出場、2019年夏には横浜を下してベスト4を果たすなど、目標の「甲子園1勝」に一歩ずつ近づいている。  強豪私立と戦うために、どのようなチーム作りをしているのか。東大合格者を輩出する進学校・県相模原での取り組みを、『打撃伝道師 神奈川から甲子園へ――県立相模原で説く「コツ」の教え』(佐相眞澄著/カンゼン)を参考に、4つのキーワードから紐解いていきたい。

1.環境は人がつくる その環境が人をつくる

 専用グラウンドも、室内練習場も、推薦枠もない県相模原。放課後の練習は2時間半程度で終わる。私立と比べると、“ないこと”のほうが多いが、現状を嘆いていても何も生まれない。中学校を率いていたときから、大事にしてきた言葉がある。
「環境は人がつくる その環境が人をつくる」
 戦える環境がなければ作ればいい。県相模原は外野で他の運動部が活動しているため、フリーバッティングができない。そこで発想を転換して、バックネット裏に向かって打てるように環境を整えた。ピッチャー側にも工夫を入れて、保護者お手製の移動式マウンドの上から投げている。これにより、バッターは実戦に近い角度の球を打つことが可能になった。

2.束になる

 2012年に県相模原の監督に就いてから、口癖のように使っている言葉がある。
 束になる――。
 選手、指導者、保護者、学校、地域、スタンドがどれだけ一体となって、戦えるか。束は1本よりも2本、2本よりも3本のほうが、強い力を生み出すことができる。
 特徴的なのが、保護者との関わりだ。高校野球の場合、保護者とあえて距離を取る監督が多いが、佐相監督は積極的にコミュニケーションを取り、情報も発信している。現在、緊急事態宣言で部活ができない日々が続くが、3年生の保護者主催によるZOOM交流会が開かれ、佐相監督も参加した。
「公立は保護者の協力なくして、勝つことはできない。保護者のサポートには本当に感謝しています」と口にする。

3.無知の知

 短い練習時間で成果を上げるためには、「うまくなりたい」「成長したい」と選手自身が主体的に取り組む姿勢が必要になる。指導者にやらされているうちは伸びていかない。
 佐相監督が上達のコツとして説いているのが「無知の知」という考え方だ。ギリシャの哲学者・ソクラテスが残した言葉であり、「自分自身の無知を自覚することこそが、人間の賢さである」という意を成す。
「知らないことや、できないことを自覚しておけば、向上心を持って、学び続けることができる。県相の場合、もともと打てるような子は入学してきません。その分、『自分を変えたい』という素直な心や向上心を持っているのです」

4.文武不岐

「文武両道」と評されることが多い県相模原だが、佐相監督の考えは少し違う。掲げるのは「文武不岐」だ。
「文武両道は“文”と“武”をそれぞれ頑張る意味で、文武不岐は“文”と“武”の頑張りがどちらにもつながっていく。別々の道か、あるいはひとつの道なのか。教え子を見ていても、部活を一生懸命に頑張る子は、学力も伸びていきやすい。もちろん、その逆もあります」
 伸びる生徒に共通しているのは、時間の使い方のうまさだという。電車の中や授業の休み時間に単語帳を覚えるなど、すきま時間を有効活用する。グラウンドでは、チーム全体で「3歩以上はダッシュ」など、時間を無駄にしないためのルールをもうける。
「時間がないのなら、作り出す。『時間がない』と嘆いているうちは、成果は生まれません」
 与えられた環境をいかにプラスに転じて、力に換えていくか。私学と対等に戦うための武器は、自分たちの手で作り出していく。(文・大利実/写真・山下令)

後編に続きます。

佐相眞澄 著(県立相模原高校野球部)
< 仕様 >四六判240ページ
定価1,600円+税 2020年2月25日発売