山本昌氏と科学者・永見氏が投球対談「投げ方に合った球種を見つけ、磨こう」
レーダーやビデオカメラを利用し、投手の投球を物理現象としてとらえデータ化する技術の普及が進んでいる。取得された〈トラッキングデータ〉を使った研究は投球理論をバージョンアップさせ、より科学的な議論を可能にしつつある。今回は現役時代から科学的な投球を志向し試行錯誤を続けてきたという元中日ドラゴンズ投手・山本昌氏と、北里大学で「野球投手が投じるさまざまな球種の運動学的特徴」などのテーマで研究を行う永見智行氏を招き、経験と理論、双方からの見解を述べ合っていただく対談を実施した。Timely! WEBでは対談中の話題のなかから高校球児の技術向上のヒントになりそうなテーマをピックアップしお届けする。 山本 昌(やまもと・まさ) 1965年生まれ。神奈川県出身。日大藤沢高から83年ドラフト5位で中日に入団。実働29年で581試合登板、219勝165敗、防御率3.45の成績を残した。最多勝(3回)、最優秀防御率、最多奪三振、沢村賞などタイトル多数。現在は日大藤沢高の特別臨時コーチも務める。 永見 智行(ながみ・ともゆき) 1985年生まれ。早稲田大野球部でトレーナーを務める。早稲田大学スポーツ科学研究科で修士、博士課程を修了。主な研究テーマは「野球投手が投じるさまざまな球種の運動学的特徴」。プロ野球球団との共同研究も行っている。
【テーマ1】スライダーの投げ過ぎはストレートの球速を下げることも
※本対談の完全版はベースボール・マガジン社「ベースボール・クリニック」2020年11月号(https://www.amazon.co.jp/dp/B08KGFD19C)(10月17日発売)に掲載されます。
永見 ピッチャーが投げるボールの回転数や回転軸などに着目し研究してきて思うのは、ピッチャーは投げ方により、投げられるであろう回転、軌道のボールがある程度決まってくるということ。ですので、自分の投げ方に合った球種を選び習得しようとする姿勢が大切だと思っています。自分に合っていない球種を新たに覚えた結果、それまで強みだった球種の質が落ちるというようなこともありえます。
山本昌 僕もそう思います。例を挙げるならスライダーですね。スライダーは比較的簡単に投げられる変化球で、ストライクも取りやすい。でも、投げすぎるとリリース時に手首が横に傾き立たなくなる。それがストレートに影響を与えると感じていました。
永見 ボールを曲げようとして手首が立たなくなると、ストレートはどう変わるのですか?
山本昌 スピードが落ちる。僕は5キロくらい落ちたことがありました。腕の振りというのは変化球に寄っていくもの。スライダーを投げすぎてストレートの速度が落ち、プロ野球を辞めていったピッチャーは数えきれないほど見てきました。僕の場合はスクリューボール(シンカー)を覚えようとしたことがきっかけで脱せました。スクリューボールは手首を立てて投げないとうまく変化しない球種なので、そればかり練習していたらストレートの速度が戻ってきたんですよ。それで、速度のあるストレートを投げるには、手首を立てることが重要だと改めて知ることができたんです。
【テーマ2】ボールがシュート回転する際の調整方法
日大藤沢高の臨時コーチも務める山本昌氏
山本昌 実際のピッチングでは、ボールがシュート回転しているかどうかは調子を探る基準になります。自分は左投げですが、右バッターのアウトコースは若干シュートしてもいいけれども、インコースはシュートさせてはだめだと意識して調整していました。(アウトコースに比べ、体を捻って投げる必要のある)インコースへのボールがシュート回転しないときは、アウトコースもシュート回転しないものですが、調子が悪いときはアウトコースにはいいボールが決まるけれども、インコースはシュートしてしまうことがよくありました。
永見 投げるボールがシュート回転してしまうときは、どんな調整をしていましたか?
山本昌 肩が前に出ると手首が立った状態を維持し、ボールに縦回転を加えるのが難しくなりボールが外に逃げていく、シュート回転するという考え方をしていたので、肩が前に出ないように意識しながらキャッチボールをして、シュート回転を修正していました。僕はスリークォーターでしたがキャッチボールではオーバースローで真上から腕を振り下ろしていましたね。それも、きれいな縦回転を意識してのことでした。ちなみに、ピッチャーのボールがシュート回転しているときに「体の開きが早い」という指摘が入ることがありますが、自分はあまりしっくりきません。選手がそう感じるのであれば尊重すべきだと思うのですが、外から見てわずかな動きの変化を感じ取ることはできないように思います。
永見 実際にマウンドに立ったときは、そのキャッチボールとは違う投げ方をするわけですよね?
山本昌 そうですね。試合では、前に踏み込んでできるだけ体を前に移動させながら腕を大きく振り、遠心力を使って投げようと思っていました。それを心がけると、自然とキャッチボールよりも肘が下がってくる感じです。また、「前後」の話でいうと、変化球はストレートよりも前で離す感覚で投げていました。カーブがイメージしやすいと思います。強くボールを弾いてボールを回転させ、ストレートよりも上に向かっていく軌道で飛び出すカーブというボールをストライクゾーンに入れるには、少し前で、つまりより低い位置で離す必要があると考えていました。でも科学的には、カーブが「上に向かって飛び出す」イメージは錯覚なんですかね?
永見 いえ、角度にして5度程度ですが、カーブは上に向かって飛び出しています。ストレートは体に近いところで離せば上に、前で離せば下にいくものですが、それとは少しイメージが違う球種もありますね。そのほかに調子を見極めるために大切にしていた感覚はありますか?
山本昌 ボールが指にかかった感覚。中指と人差し指のどちらにかかっているか、でしょうか。チェンジアップ、スクリューボールは中指。ストレートは両指。カーブやスライダーは人指し指。ただ人差し指にかかるボールは肘への負担が大きいと感じていたので、練習ではできるだけ投げたくないと思っていました。スライダーは試合前に数球投げる程度にして、カーブも一生懸命中指にかかるようにしていました。
永見 ハイスピードカメラなどで観察すると、ボールが指から離れる瞬間のかたちで回転軸は大きく変わります。シュートやツーシームなどは特に顕著で、ボールに求める回転をさせるうえで、重要な感覚だと思います。
永見氏は投手のパフォーマンスと投球動作の関係などを中心に研究活動を行う
【テーマ3】球種はどのくらい必要か?
経験に基づく見方と科学に基づく見方、両面からの意見が交わされた
山本昌 アマチュアの指導に携わっていますが、今の子供たちは自分たちの時代に比べると本当にいろいろな情報に触れているのだなと実感します。球種にも詳しくて、いろいろな球種を試しているピッチャーもいます。でも、あれもこれも投げられるようになることより、その人の投げ方にあったボールを磨くことがまず大事なような気がします。プロであっても、ストレートと左右に曲がるボール、あとはフォークボールを磨けば十分いいピッチングができると考えています。
(文:Timely! WEB編集部/写真:ベースボール・マガジン社)
本対談の完全版はベースボール・マガジン社「ベースボール・クリニック」2020年11月号(https://www.amazon.co.jp/dp/B08KGFD19C)(10月17日発売)に掲載されます。