【福岡県立城南】 “自主練重視”主義と測定データや最新情報の積極提供

福岡市南西に位置する城南区の住宅街にある福岡県立城南高校。進学校として知られる同校は、文部科学省が理科・数学教育推進を通じた科学技術人材の育成を図るために2002年度よりスタートさせたスーパーサイエンスハイスクール(SSH)事業の指定校でもある。野球部にもそうした校風が反映されており、〈NEXT BASEBALL〉のテーマのもと、科学的で新しい野球部を創り出そうと様々な取り組みが始められている。その練習の様子を取材させてもらった。

練習の緊張感を保つための工夫

16時過ぎ、授業を終えた野球部員たちが部室周辺に集まり練習の準備が始まる。この日の練習は16時30分から19時過ぎまでの約150分。地理歴史科の教諭でもある中野雄斗監督によれば、約100分を守備を中心とした全体練習に、残りを自主練習に当てているとのことだった。これはこの日だけではなく、平日の練習は基本的に同程度の配分でやっているそうだ。強豪校などと比べ短い練習時間を考えると、自主練習が占める割合は高いと言えるだろう。
 
ウォーミングアップを経て内野ノックが始まる。すると選手がマネージャーに指示を出した。
 
「ボールがバットに当たってから、一塁手に届くまでの秒数を測って、伝えて」
 
ストップウォッチを片手に秒数を伝えるマネージャーの声の中、中野監督のノックが続く。打球処理に要した秒数が伝えられると、「アウトにできる処理だったかどうか」の客観的な判断がつく。ノックを緊張感のあるものにするための工夫だ。


打球が生まれてから、一塁手のミットに入るまでの秒数を計測。

その後に行われていたグラウンドの一角を使った打撃練習でも、部員たちは一球ごとにシチュエーションを宣言し、ボールを打つ練習をかわるがわる行っていた。また、練習メニューごとに要した時間がわかるようにタイマーで経過した時間を示すなど、緊張感を保ち漫然とした練習にしないための工夫が様々な場面で見られた。


「エンドラン!」などと宣言してから打席に入り、一球一球意図を持って打つ。

経過時間がわかるように、グラウンド上に持ち込まれていたタイマー。

選手が個々に、週単位で決める“自主練”メニュー


課題練習計画表。練習中はグラウンド脇に貼られている。選手が各自で考えて自主練習に取り組んでいる。

グラウンドの脇に置かれたボードには選手名の入った「課題練習計画表」と題された紙が貼られていた。火曜日から金曜日(月曜日は休養日)までの“自主練”で何に取り組むかが、「テクニック」と「フィジカル」に分けて、それぞれ手書きで記入されている。選手たちは自らこの計画表をつくり、これに沿って自主練習に取り組んでいるという。

自主練習に重きを置く方針は、城南高校にやってきて2年目の中野監督の主導で始まったものだ。「まずは個の力を高めてほしい」という考えに加え、「こうなりたいという姿を自分で設定できて、そのために何をするかを自分で決められる環境をつくりたかった」という思いからの取り組みだという。「それこそが野球を楽しい、面白いと思ってもらうために必要なこと」という中野監督のポリシーから来るものでもある。

だが、最初は、自主練習の時間が締まったものにならない時期もあったという。目的意識が明確でない中での自主練習は、全体練習に比べどうしてもテンションが下がってしまいがちだったのだ。そこで中野監督が行ったのが積極的な情報提供である。

まず試合での成績、体力測定の結果、フォームの連続写真など自己分析、課題の自覚に生かせる材料を選手たちに渡すようにした。さらに監督自ら練習方法に興味を持った高校の野球部を訪問し、そこで学んだことや指導書、ウェブサイトに掲載されている情報も集めて伝えていった。選手はこうした情報を活用し、個々に課題克服に取り組むようになっていく。自主練習は徐々に内容の濃いものになっていった。

情報は練習時に直接伝えるだけではなく、野球部でつくったグループチャットでも共有し、選手たちが新しい情報にいつでも触れられるようにした。今年6月にはセイバーメトリクス(統計学を用いた野球の分析)に関する講義を専門家に依頼し実現させたほか、その後も研究者や専門家たちが主催するオンラインサロンやウェビナーに積極的に参加しており、提供される情報は日に日に多彩になってきている。また、ウェイトトレーニングなどに関しては、チームをサポートする田中來人トレーナーから様々な指針が示されており、選手たちはそれを参考にトレーニングを行っている。

自主練習を楽しみにしている選手が増えてきた

「選手が採り入れたいと思う可能性のある情報をこれでもかと並べて、いつでもヒントを得られる状況をつくろうと。最初は自分たちが情報を集めて選手たちに見てもらうという形だったのですが、今では〈その動画、もう見ています〉なんて言われることも増えてきました。自主練習に楽しさを感じる選手が増えるにつれて、全体練習をきびきびとこなして、自主練習の時間が減らないようにする雰囲気が生まれてきたように思います」(中野監督)

情報はあくまで、個別ではなくチーム全体に対して出していることもポイントと言える。

「監督から〈やれ〉と言われたら、やらなくちゃいけなくなりますよね(笑)。それだと楽しくなくなる。だから、こちらから個別の選手に〈これを見ておきなさい〉〈これをやるように〉とは言わないようにしています。あくまで参考にしてもらうために、選手の目に入るところに置いておく感じです。もちろん、選手から質問がきたときにはしっかり答えますし、そのときはいくらでも教えますけどね」


「もともと教えるのは大好きだし、どちらかというと熱くなってしまうほう。でも、そういう指導だと見えなくなることもある」と話す中野監督。練習中は離れたところで見守ることも多いが、質問を受けたときには熱心に指導していた。

楽しみながら野球に取り組んでもらうための“自主練”。その“自主練”を内容のあるものにするための積極的な情報提供。このフローが城南高校野球部のアイデンティティとなりつつある。

次回「トレーナー・マネージャー・実習助手・分析担当ら選手を支える組織の強化」に続く

(取材・撮影/Timely! WEB 編集部)