【誉】2年で「四強」のフィジカルを超えて、大阪桐蔭に追いつこう!
群雄割拠の愛知県にあって、2019年夏にノーシードから勝ち上がり初の甲子園出場を果たした私立誉高校(愛知県小牧市)。中学時代に名を馳せた選手はいないが、最先端のフィジカルトレーニングなどで「四強」に負けない体格に成長し、愛知県下で存在感を示している。3年前に起こした下剋上の再現を狙う誉高校のグラウンドを訪ねた。
フィジカルで「四強」に負けない!
失礼を承知で聞いてみた。この高校に来る選手の多くは、「愛知私学四強(中京大中京、東邦、愛工大名電、享栄)」に行きたくても行けなかった選手なのでしょうか、と。すると、矢幡真也監督は力なくかぶりを振った。
「四強なんて頭から狙ってなくて、その下のレベルの高校を目指していたけど、落ちた子たちがウチに入ってきます。学力的にも野球の能力的にも高い子ではありません」
愛知県小牧市にある私立誉高校。群雄割拠の愛知県にあって、2019年夏にはノーシードから勝ち上がって初の甲子園出場。ドラフト会議を経てプロに進んだ選手は4名(育成ドラフトを含む)と、存在感を示している。だが、中学時代に名を馳せた選手など皆無に等しい。
細い林道をかき分け、山の斜面を切り拓くようにして建つグラウンドに向かう。すれ違う選手一人ひとりの肉体がたくましく、圧倒される。誉は徹底的なフィジカル強化で、選手を別人のように変身させているのだ。
きっかけは2017年秋だった。地区大会で早々に敗退すると、八幡監督は選手たちに小牧市民球場での中京大中京の試合を見に行くよう指令を出した。自分たちと名門は何が違うのか。選手たちは「一番は体が違う」という結論に達した。
「試合前に整列した時点で強豪相手と体つきが違うんです。そもそも技術に差があるなかで、体も差があればノーチャンス。せめて整列時点で相手に負けていないフィジカルがあれば、立ち上がりで対等に戦えて、後半勝負に持ち込めますから」(八幡監督)
練習中、ユニホームに色付きのビブスを重ねて着る選手が目についた。選手に聞くと、「体重が目標値に達していない選手はビブスを着て、必ず練習中に補食をとらないといけないんです」と教えてくれた。
最先端の取り組みを誉のプライドに
体づくりのために力を入れているのは、ウエートトレーニングだけではない。矢幡監督は言う。
「筋力、筋出力、身体操作性、柔軟性。こういった部分をバランスよく鍛えていかないと、パフォーマンスは向上していきません」
ただ体を大きくするだけでなく、自分のイメージ通りに体を動かすことを追求している。ヒントになったのは、平日50分の練習時間ながら選手を劇的に進化させる広島の新鋭校・武田の存在だ。矢幡監督は武田の岡嵜雄介監督に教えを請い、パルクールなどの身体操作系のトレーニングメニューを導入した。
2週間に1回「フィジカルテスト」を実施し、ベンチプレス、メディシンボール投げ、立ち幅跳び、スイングスピード、30メートル走などを測定する。矢幡監督が選手に伝えるのは、「監督・コーチと戦うな。自分と戦え」ということ。自分の数値を上げようと取り組むなかで、選手は自分への自信を深めていく。グラウンドに併設された室内練習スペースにはさまざまなトレーニング機器が置かれ、選手はフィジカル強化に向き合っている。
また、誉では定期的に遺伝子検査も実施している。「速筋や遅筋の特性や、腱、骨の状態、メンタルについてもわかるんです」と矢幡監督が言うように、選手の身体的な特性を把握できるメリットがある。矢幡監督は「日々、勉強して最先端の取り組みをすることで、誉のプライドにしていきたいと考えています」と胸を張る。
眠らせていた潜在能力が誉で開花
今年のチームにはドラフト候補に挙がるイヒネ・イツアや高校通算50本塁打近いスラッガーの間井蒼生といった有望選手がいる。だが、イヒネは中学時代、試合に出たり出なかったりの存在。間井にしても、矢幡監督が「体が大きかったくらいで優れていたわけではない」と語るように目立つ存在ではなかった。眠らせていた潜在能力が誉で開花し、高校野球で戦えるようになっていく。矢幡監督は選手にこんな発破をかけているそうだ。
「2年で四強のフィジカルを超えて、大阪桐蔭に追いつこう!」
そんな矢幡監督には、「町の電器屋さん」という本業がある。夫人の実家の家電販売店を継ぎ、野球部の指導と両立しているのだ。もともとは学校に出入りする業者だったが、社会人・阿部企業などでプレーしたキャリアを買われて誉野球部を指導するようになった。
「お客さんからも『今年のチームはどうなの?』と聞かれて会話のネタになりますし、農家のお客さんが桃を何箱も差し入れてくださって、みなさん知ってくださっているのでありがたいですね」
夏場はクーラーの需要が増して大忙しだが、練習の前後に仕事を入れるなどして対処しているという。
今夏の誉は初戦から中部大一と対戦し、シード校の西尾東や四強の一角・中京大中京と同一ブロックという激戦を戦わなければならない。それでも高校3年間で体を変え、自信をつけてきた誉の選手たちは、3年前の下剋上を再現しようと前を見つめている。
(取材・文:菊地高弘/写真:編集部)