【東北】選手の意思を尊重、成長する機会に蓋をしない〝ひろし”イズム

春夏合わせて41回の甲子園出場を誇り、佐々木主浩(元マリナーズ)、ダルビッシュ有(パドレス)など多くの名選手を輩出するなど東北地区でも屈指の強豪と言える東北高校。近年は仙台育英に押され、甲子園出場からも長らく遠ざかっていたが、8月に佐藤洋監督が就任すると秋は宮城県大会優勝、続く東北大会でも準優勝と結果を残し、12年ぶりとなる選抜出場を決定的なものとしている。強豪復活の裏には何があったのか。12月の東北高校の練習を取材した。

大人のせいで野球が楽しくなくっている

佐藤監督は東北高校のOBで、在学中は4度甲子園に出場。社会人野球の電電東北を経て1984年のドラフト4位で巨人に入団し、ユーティリティプレイヤーとして活躍した経歴を持つ。現役引退後は少年野球教室を立ち上げ、あらゆるチームで臨時コーチを務めるなど長くアマチュア野球の指導に携わってきた人物だ。

以前、小中学生向けの野球教室でも取材させていただいたが、当時から一貫しているのは選手たちが自ら野球を『やりたい』ということと楽しんでやるということ。そしてその方針は高校の監督に赴任しても変わらないという。
「選手たちに野球を始めた時は楽しかかったかと聞くと『楽しかった』と答えるんですね。でも早い子は小学校高学年、もしくは中学校から楽しくなくなったという。その理由や原因を紐解いていくと大人にあるんですよ。だから最初に選手には『大人のせいで子どもや高校生の野球が楽しくなくっているというのはおかしな話だから、大人を代表して俺が謝る。だからこれからは野球を始めた時の気持ちで、楽しく野球をやってほしい』という話をしました」

あらゆる媒体で選手に対して『監督』ではなく『ひろしさん』と呼ぶようにお願いしたという記事も出ていたが、それも堅苦しくなく選手が楽しんで野球ができるようになるための一環ではないだろうか。

また、高校野球の象徴的な髪型である丸刈りも廃止。最初は選手もなかなか髪を伸ばそうとしなかったようだが、徐々に佐藤監督の目指すスタイルが分かるようになってからは自由に伸ばし始め、今では丸刈りの選手の姿は見当たらなかった。そしてそんな方針はグラウンドに着いてすぐに感じられた。

取材当日は三者面談があって全員が揃う時間が遅かったということもあるが、選手たちはそれぞれ自由にウォーミングアップを始め、グラウンドには音楽が流れていた。取材する側のこちらに対する挨拶も堅苦しさは一切なく、グラウンドから流れている雰囲気は以前取材した横浜国立大学、東京学芸大学のような国立大学に似たものがあった。

この秋に就任した原拓海コーチも「今日は走塁練習をやるみたいでみんなユニフォームを着ているのでまだ高校野球らしい方だと思いますよ。いつもは練習着もユニフォームじゃないですからね」と話していたが、そういう点もいわゆる高校野球とはかけ離れているものである。

成長する機会に蓋をしない

練習中、特に驚かされたのは選手たちが佐藤監督、原コーチの様子を全く気にすることなく取り組んでいるという点だ。聞くと、どんな練習を行うかは前日にキャプテンと各部門のリーダーが話し合って決めて報告しており、それに対して佐藤監督も助言を求められればアドバイスすることはあっても否定することはなく、選手の意思を尊重しているのだという。

その効果は練習中の選手の姿勢にも確実に表れてきていると佐藤監督は話す。
「こちらが何かを教えなくても、それぞれ選手は良いものを持っているんですよね。だからそれをお互いに共有して教えあった方が上手くいくと思うんですよ。
そんな話をして、こちらからは選手の良い部分を言うようにしていたら、上級生ができている下級生に聞くようになってきたんですよ。それを見てしめしめと思いましたね。聞かれて教える側も考えを整理しないといけないので、より理解が進むんですよ。選手同士で教えあうというのは野球教室をやってきた時も同じでした」

前述したようにグラウンドの選手を見ていても、監督やコーチの様子を伺うことはないが、選手同士が話し合う姿や指摘するシーンは頻繁に見られた。選手が指導者の指示通りに一斉に動くことが多い高校野球にはなかなか珍しい光景ではないだろうか。佐藤監督は以下のように続けた。
「今までの高校野球のやり方に慣れた指導者の人がうちの練習を見ると緩く見えるみたいです。
でも結局こだわっているのは見た目なんですよね。全員が丸刈りで揃ったユニフォームを着て、足も声も揃えて練習していた方がキビキビして見える。ただそれだけのことだと思います。
うちの選手の様子をよく見ていると、目的意識を持ってやっていることがよく分かるんですよ。そうやって自分で考えてやった方が上達しますから。よくそんな話を他の学校の指導者にすると『うちはまだそんなレベルじゃない』みたいなことを言いますけど、そんなことはないんじゃないですかね。大人が何かやっていないと不安だから、それを押し付けて選手たちが成長する機会に蓋をしてしまっていることがよくあると思います」

もちろん選手に任せているだけで全てが上手くいくわけではない。佐藤監督、原コーチとも取材で話を聞いている時も、声を出すことはなくてもグラウンドの様子は常に気にかけているように見えた。
また定期的に専門家であるトレーナーを招いてトレーニング方法の指導などは行っているという。押し付けではなく、あらゆるやり方を示し、選手に考えさせ、必要であればアドバイスする。そのサイクルが上手く回ったからこそ、昨年秋の結果に繋がったと言えるだろう。

後編では佐藤監督が新たに取り入れたこと、大事にしていることなどを紹介する。

(取材・文:西尾典文/写真:編集部)