【佐伯鶴城】渡邉正雄監督|プロ注目右腕・狩生聖真と勝負の夏へ、最後のエンジン始動

大分商時代に多くの選手をプロ野球へ送り出してきた渡邉正雄監督。佐伯鶴城に赴任して3回目の夏となる今年はプロも注目する150キロ右腕・狩生聖真投手がいる。狩生投手の入学からこれまで、そして最後の夏についてお話を聞きました。

想像を超えた半年間の急成長と“その反動”

━━狩生投手を初めて見た時の印象を覚えていますか?
 
彼がまだ中学3年生の時でしたね。遊撃手としてめちゃくちゃ良かったですよ。今と一緒で体の線は細かったのですが、バランスの良さ、立ち姿、スナップの強さは際立っていました。狩生ぐらいのサイズがあると、体を持て余すというか、上手く使えない子も少なくはありません。しかし、彼に関してはそんなことはなかったですね。長い手足など、全身のパーツを上手く使いこなしていたので“うわ、森下だな!”と思いました。

━━歴代プロ野球選手となった教え子の中では、やはり森下暢仁投手のイメージに近いものがありますか?

森下ですね。だから高校に入って投手をやるようになってからは、森下の真似をずっとさせてきました。いずれは投手をさせる、と思って遊撃手をやらせていたという点も森下の高校時代と一緒です。でも、軟式出身なので硬式に慣れるまでは時間がかかるだろうということで、無理をさせずに彼の成長を見ていこうと思いました。3年間の成長イメージが私にはすぐに見えたので、慌てる必要もなかったし、余裕を持って指導することができました。

━━実際に狩生投手は渡邉監督が抱いたイメージ通りに成長曲線を描いているのでしょうか?

イメージ通りです。ただ、2年の秋からひと冬を越すまでの成長率は想像以上に高かったです。春先に150キロを計測したのも納得できるぐらいの、まさに“規格外”の伸び方でした。森下は高校3年の3月から6月までの伸び率が桁違いでしたが、狩生の秋から春にかけての伸び率も、それに匹敵するレベルだったと思います。やはり狩生の場合は、2年秋に『プロに行く』と覚悟を決めたことが、練習や私生活、食生活といったすべての意識を大きく変えたのではないでしょうか。

━━ところが150キロを計測した春以降の狩生投手は、夏に向けて“好不調”を繰り返す時期もありました。

1回目のピークが想像よりも早く来てしまったのです。私の中には春から徐々に上がっていって、6月の後半ぐらいに150㌔近く行くだろうというイメージがありました。ところがその予測を上回る形で、狩生は春の段階で一気に覚醒してしまったのです。その時に“ここから先はちょっと足踏みするぞ”という予感はありました。先日の練習試合では4点リードの終盤6回からマウンドに上げて、最終的には狩生が逆転を許して負けてしまったゲームがありました。別の試合では立ち上がりに4失点ということもありました。ただ、その頃は春に出力が大きかったぶんの反動が怖くて、まだ彼にリミッターをかけていた時期でもあるのです。今はそのリミッターを外す最後の作業をしている段階で、夏にはなんとか間に合うだろうと思っています。プロに行くほどの投手の場合は、一度でも最大出力が出てしまったら、そこから出力は落ちていくものです。でも、その一度のピークを作れるかどうかが、プロに行けるか行けないかを分ける重要なポイントなのです。しかし、私にとっての誤算は、そのピークが最後の夏を前に来てしまったということでした。

勝負の夏へ、最後のエンジン始動

━━ピークから落ちた状態のまま夏を迎えるわけにはいかない。となると、もう一度ピークを作らなければならない、と考えるのが普通です。

夏を前に短期間で“もう一段上げる”という作業は、私にとっても初めての経験です。でも、その方法は分かっているつもりです。

━━「その方法」とは?

一度スイッチの入ったエンジンを止める作業も必要で、そこから再始動していかに最大出力を引き出していくか。春の大会、5月の県選手権と、公式戦ではあまり投げさせてきませんでした。大型連休中の中九州ベースボールウイークも次から次に強豪校がやってきて、狩生が投げなければいけない状況もありましたが、それでも抑えながら、抑えながら乗り切らせました。こうして彼に我慢させることが必要だったのです。春先の覚醒の反動で落ち込んだぶん、今度は我慢の反動で一気に突き抜けさせたいと思います。

━━そんな中でも、5月には狩生投手のストレートにある変化が見られるようになったと聞きました。

手帳に書き残していますよ。5月23日の練習中、17時27分のことです。ストレートの質が明らかに変わった瞬間がありました。春先ほどの球速は出ていませんでしたが、本当に力感がないフォームから、ストレートが気持ちいいほどに走り始めたのです。私は手帳に『最後のエンジン始動』をかき込みました。打者の反応を見ていても、明らかにボールがキャッチャーミットに届いてから振り出しているのです。そして、いよいよ狩生からは力感を感じなくなりました。私はそのボールを見た時から、彼に最大出力を求めなくなりました。この感覚の中で抑えることを覚えたので、これが彼にとっての成功体験になるだろうなと思ったからです。

━━いよいよ狩生聖真という才能と挑む、最後の夏がやってきました。

選手の育成という意味においては、私にとっても未知の領域に足を踏み入れることになるでしょう。もちろん彼を壊すような使い方はしませんが、甲子園とプロの二兎を追う以上はギリギリのところで勝負してみたいなと思います。それだけの覚悟を本人と共有して本番へと向かうつもりです。(取材:加来慶祐/写真:編集部)

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