「街と共に強くなる」地域に根差したクラブへ。学生スタッフが目指す一橋大学ア式蹴球部の改革

スポーツ推薦制度を持たない一橋大学。その中で、ア式蹴球部(サッカー部)は独自の取り組みで部の価値向上と競技力強化を目指しています。事業、強化、総務の3部署体制で運営される同部では、特に事業部が特徴的な存在に。YouTube等のメディア運営、ファンマーケティング、地域連携、スポンサー事業と、4つの事業を展開しています。現在は東京都1部リーグに所属し、プロ選手を輩出するチームとも対戦するなど高いレベルでプレーする一方、地域密着型のクラブを目指して様々な取り組みを行っています。

 

2024年度は東京都2部リーグで優勝を果たし、念願の1部昇格を実現。1シーズンでの降格を喫してしまったものの、競技面での成長と並行して、組織としての基盤も着実に固めつつあります。今回は、この組織の中核を担っていた新4年生で元事業本部長である宇都宮彩輝氏に、クラブの理念や取り組み、そして大学スポーツの新しい可能性について詳しく話を伺いました。

3部署体制で運営、事業部が収益創出の要に

――一橋大学ア式蹴球部における組織体制について教えてください。

現在、私たちのクラブは3つの部署で運営しています。総務部、強化部、事業部です。総務部は他大学でも一般的な、連盟への登録や備品管理などを担当していますが、特徴的なのが強化部と事業部です。

一橋大学にはスポーツ推薦制度がないため、良い選手を集めるために独自の取り組みが必要です。そういった背景から強化部を設置し、レベルの高い高校生に一橋を選んでもらうための活動や、競技環境の整備、コーチ人材の獲得などを行なっています。

 

事業部は、集客と収益の面からクラブを長期的に発展させていくことを目的としており、4つの事業を展開しています。1つ目がメディア事業で、YouTubeやSNSの運用。2つ目がファンマーケティング事業で、グッズ販売やファンクラブの運営を行っています。3つ目が地域連携事業で、サッカースクールの運営や地域清掃、お祭りへの出店などがこれに当たります。最後にスポンサー事業があり、これまでの事業や学生とのコネクションに興味を持つ企業へのパートナーシップ提案を行っています。

私は事業部のトップである事業本部長を務めており、専属スタッフが10人、プレーヤーから30人ほどが各事業に関わっています。こうした大規模な組織体制を構築できたのは、徐々に仲間を増やしていった結果です。

 

――この体制はいつ頃から始まったのでしょうか。

2年前に、当時の先輩が事業部を立ち上げたのが始まりです。私は、もともとサッカーを続けたくて部活を見学に来たのですが、このような事業に取り組んでいる方がいることを知り、一緒にやりたいと思いました。以前からスポーツビジネスに興味があったことも大きな理由です。

最初は2人だけでしたが、続けていくためにはより多くの仲間が必要だと考え、リクルートの体制を整えました。その結果、現在のような規模まで成長することができました。

 

<写真提供:一橋大学ア式蹴球部>

 

持続可能なスポンサーシップモデルの構築へ

――スポンサー事業について詳しく教えていただけますか?

よくある形として、他大学でも“採用支援”のような取り組みが多いと思います。説明会を開催して参加者数に応じて報酬を得るといったモデルですね。ただ、採用がうまくいかなかったり、企業が大きくなって価値提供が不要になったりすると、一時的な利害関係によるパートナーシップで終わってしまう可能性があります。

 

そこで私たちは、お互いが長期的にWin-Winの関係を築けるような取り組みを目指しています。例えば、法律の資格試験予備校や大手学習塾と提携しています。資格試験予備校の案内を新入生へ毎年案内をして学生へのファーストタッチを取れる機会を提供したり、学習塾の講師採用のサポートをしたり。毎年入ってくる新入生を紹介して、継続的なタッチポイントを作ることができます。

もちろんそれだけではありません。雑誌型のパンフレットに学習塾の広告ページを提供したり、部のYouTubeで講師の1日を紹介する動画発信をしたりしています。ありがたいことに学習塾側からは講師募集の効果的なプロモーションと感じていただけており、私たちも継続的な収益を得ることができます。

 

また、スポンサー企業の選定においても工夫を凝らしています。大手企業は自力で採用活動ができますが、中小企業は学生との接点を持つことが難しい。そこで、中小企業を中心にアプローチを行い、win-winの関係構築を目指しています。

今後は地域の企業とのパートナーシップも締結していきたいと考えています。まだ始めたばかりですが、胸スポンサーの獲得なども視野に入れて活動を進めています。

 

ファンエンゲージメントを重視した取り組み

――ファンマーケティング事業の具体的な内容を教えてください。

ファンクラブとグッズの2つを展開しています。グッズに関しては専門チームがあり、オリジナルグッズを制作。2023年は東京都2部リーグ優勝を記念して、ロゴ入りのパーカーやタオルを作りました。

ファンクラブは2年前に始めた取り組みで、主に保護者やOBの方を対象に月額制のサービスを提供しています。特に保護者向けサービスに力を入れており、練習中の写真を個人ごとにアルバム化して送ったり、部員の日常生活を紹介するブログを発信したりしています。

実は、保護者の方々へのヒアリングの中で「一人暮らしをしている子供の様子がなかなか分からない」という声が多くありました。そこで、大学生活の様子や友人関係なども知ってもらえるようなコンテンツを提供するようになったんです。例えば、部員リレーという形で部員が自己紹介をしたり、友人関係を紹介したりするコンテンツも展開しています。

 

現在の会員数は30人ほどで、月額500円をいただいています。Jリーグのファンクラブと比較すると安価に設定していますが、これは私たちにチケット収入がないことを考慮したものです。今後、いかにマネタイズしていくかは大きな課題の一つです。

 

高校生向け施策で競技力向上を目指す

――強化部の取り組みについて教えてください。偏差値と競技力を持つ選手を集めるのは容易でない気がします。

今年から新たな取り組みとして、夏のサッカーフェスティバルを開催しています。宇都宮高校(栃木)、川和高校(神奈川)、国分寺高校(東京)、刈谷高校(愛知)、市立浦和高校(埼玉)、柏陽高校(神奈川)の6つの高校を招いて3日間にわたって試合を行い、その後に一橋大学の説明会を実施するという形式です。この取り組みには2つの特徴があります。1つ目は、同じような進学校、同じくらいのレベルの高校を集めていることです。人工芝のグラウンドで試合ができ、審判も私たちが担当するなど、充実した環境を提供しています。

2つ目は、大学が主催していることで、高校生にとって大学受験や将来を意識できる機会になっているという点です。東京工業大学とも連携して説明会を実施しており、両校の説明を聞いたり、受験の相談に乗ったりすることができます。単なる大会参加ではない、キャリアを考える機会を提供したいと考えています。

 

–進学校でサッカーが強い公立はけっこうありますよね。おもしろい取り組みですし、需要がありそうです。ただ、大学では部に入らない人も多いのかなと。彼らに大学サッカーの魅力をどのように伝えていますか?

大学サッカーの価値は、主に2つあると考えています。1つ目は、高校までとは比較にならないほど充実した環境でプレーできることです。現在、私たちは東京都1部リーグに所属していますが(取材当時)、対戦相手にはJユース出身者や全国大会出場校の選手たちがいます。人工芝のグラウンドで、複数のコーチの指導を受けながらプレーできる環境は、高校生にとって大きな魅力だと思います。

2つ目は、より大きな組織で、多様な選択肢の中で次のキャリアに向けた準備ができることです。例えば、サッカースクールの運営や高校生大会の企画など、なかなか経験できない機会が得られます。また、数多くのOBとのコネクションもあり、キャリアの幅を広げることができます。

 

地域と共に成長を目指す

――地域連携事業とはどうったものでしょう?

クラブ全体として「街と共に強くなろう」という目標を掲げています。クラブが大きくなれば関わる人も増え、町の経済も活性化する。そうすることで、より多くの人に見に来てもらえるようになり、新しい事業への投資も可能になる。そういった好循環を生み出したいと考えています。

具体的には地域清掃や地域のお祭りでのサッカーボウリング企画、毎週金曜日には地域の小学生を対象にしたサッカースクールを開催しています。1時間の自習室での学習支援の後、1時間のサッカー指導を行っており、現在50-60人ほどの小学生が参加しています。

この活動を通じて、地域の自治体や商工会との関係も徐々に構築されてきました。今後は、カフェやワークスペースのような場所を私たち主体で作ることも検討しています。

 

<写真提供:一橋大学ア式蹴球部>

 

<写真提供:一橋大学ア式蹴球部>

 

――運営面での工夫や課題はありますか?

大学の規約上、サッカースクールで直接お金を取ることはできないため、クラウドファンディングという形で保護者の方からご寄付をいただいています。また、各事業の収支管理は会計が独立して存在し、毎年OB総会で予算編成会議を行っています。事業部の収益は、強化部や総務部の活動資金としても活用されています。

 

大学サッカーの新たなロールモデルを目指して

――様々な活動を学生主体で行っている中で大変な部分もあると思いますが、チームとしての目標はどこにおいているのでしょうか。

短期的には東京都1部リーグでの定着を目指していますが、長期的な目標として2040年(創立120周年)までに東京都1部リーグでの優勝を掲げています。

40年前に関東リーグに所属して以来、なかなか高みを目指せていない現状がありますが、リクルート強化や競技環境の整備、そして収益基盤の確立を通じて、着実に力をつけていきたいと考えています。

 

–かなり地に足をつけて考えてらっしゃるんでくね。最後になりますが、大学サッカー界における一橋の存在意義についてお考えを聞かせください。

大学サッカー界における存在意義として、筑波大学や早稲田大学のような強豪校とは異なる、身近でありながら高みを目指せるクラブになりたいと考えています。強豪校は競技力が高すぎて手が届かないと感じる選手も多いと思います。私たちは、より身近な存在でありながら、高い目標を持って取り組めるクラブとして認知されることを目指しています。

また、大学サッカーの情報が欲しいと思ったときに、一橋サッカー部を見てみるのが良いと言われるような存在になりたい。高校生だけでなく、サッカーに関わる多くの方々から「応援したくなるクラブ」として認知されることが目標です。

 

個人的には、ファーストキャリアが決まっていますが、セカンドキャリアではこの4年間の経験を活かし、再びスポーツビジネスの世界に戻ってきたいと考えています。地域に根付いたクラブづくりに携われたら嬉しいですね。