【市ケ尾】保守的思想からの脱却、外部コーチと6人の指導者が支える公立進学校

市ケ尾は、47人の部員を6人の指導者、6人の外部アドバイザーが支えている。菅澤悠監督が就任した9年前は「初戦突破が誇り」だったチームが、今や神奈川の公立校屈指の実力校へと変貌を遂げた。保守的な伝統から脱却し、結果重視の改革を断行。外部コンサルタントの助言も得ながら、4年で5回のベスト16入りという安定した実績を築き上げた。節目となる監督9年目。「〝執〟大成」を掲げるチームが目指すのは悲願のベスト8入りだ。

雨天練習に見る自主性。47人の大所帯を6人の指導者が支える

横浜市青葉区・市ケ尾高校での取材日。雨のためグラウンドが使えず、屋根のあるスペースで「課題練習」が行われていた。「メニューは選手が決めているんです」と窪田祐司顧問が説明する。「あそこで練習スペースの交渉が始まってますよ」と菅澤悠監督。見ると、野球部の選手がバトントワリング部の女子部員に「この場所でネットティーを打ちたいから、使わせてもらえないか」とお願いをしていた。県内公立校最大規模の生徒数で部活加入率の高いこの学校は、生徒同士がこうやって話し合い、部活動を成り立たせている。

「夏の応援は、バトン部とダンス部と吹奏楽部、そこに野球部も加えると総勢100人強の応援になります。学校行事も大事、勉強も大事、部活もやりたい。そんな子たちが集まっているのが市ケ尾高校です」と菅澤監督は誇らしげに話した。

現在の部員数は2学年で47人。1年生20人、2年生27人という過去最多の大所帯を6人の指導者が支える。体育2人、社会、国語、数学、英語と、担当教科が分かれているお陰で、この数の顧問が揃ったそうだ。3学年になると70人規模になる。A・B・Cチームの3部構成で練習試合を行うスタイルは、交流のある聖光学院(福島県)を参考にしたものだ。
「聖光学院は、育成チームの意識が素晴らしいんです。私学であっても、いいものはどんどん取り入れます」と菅澤監督。「公立」だからとか、激戦区だからという考えはない。勝利の準備に対する貪欲さが、4年で5回のベスト16入りという実績につながった。いまの2年生たちは2022年春16強、2023年春夏16強を見て入ってきた世代。結果が大所帯を呼び、競争が激化することでチーム力が向上。この好循環が市ケ尾野球部の強さの源泉となっている。

保守的思想からの脱却、30歳新任監督時代の苦悩

菅澤監督が市ケ尾監督に就いたのは2017年秋。9年前にさかのぼる。当時のチームは「夏の大会で初戦負けしないチーム」が誇りだったことから、菅澤監督はまずその価値観を見直すことから始めた。
「7年くらい連続で初戦突破していることが喜びであるチームでした。それを聞いたとき正直、そんなことはどうでもいい。初戦突破の記録は途絶えてもいいから、ベスト16、ベスト8に入れるチームを目指そうよと、話をしたのです」。
 
今年の夏の大会でも話題になった市ケ尾の威勢のいい入場行進。腕を高く掲げて行進する姿が賞賛されたように、当時から統制美を重視するチームカラーだった。守備練習ひとつとっても、結果よりも形を重視するスタイル。その考えを「形はいいから、まずはアウトを取ることを大事にしよう」と見直した。

入場行進の伝統はそのまま残しつつも「結果重視」の意識改革を行ったのだ。頭髪の自由化や、ピッチスマートと呼ばれる、アメリカの若年層投手のための投球制限ガイドラインを導入、低反発バットもいち早く採用した。それまでの思想や手法の真逆に近い大改革を行った。

当然、ハレーションが起こった。当時30歳だった新任監督に「なぜそこまでする?」と批判の声もあった。追い討ちをかけるように、改革初年度の秋の大会では地区予選で敗退。ここで一度、挫折を味わうことになる。

「それでも、春の大会では桐蔭学園に1点差のゲームができるまでになって、2018年夏の北神奈川大会ではベスト16入りを果たしてくれました。この代がいま振り返っても9年間で1番の成長率でしたね」と振り返る。苦しかったが、選手たちの成長に光明を見出した。

間違えていた「自主性の取り扱い」

その年の年末には、私費を投じてドミニカ共和国を訪問。ドジャースの施設を見学するなど探求心を深める。コロナ禍明けの2021年からは米・独立リーグでプレーし藤沢市で野球塾「Perfect Pitch and Swing」を運営している長坂秀樹氏や、スポーツジャーナリスト・氏原英明氏とコンサル契約をして定期的にチームを見てもらった。月4000円の部費の中から、工夫とやりくりで捻出した。

「外部の方から助言をもらうことで『自主性』の取り扱いを間違えていたことに気づきました。それまでは、基礎的な練習量を確保せずに、自主性に委ねていたのです。氏原さんから言われたのは『市ケ尾の野球部に入る生徒は、中学時代に本格的な野球を教え込まれていない。そこから自主性に任せても、練習量は足りていない』と。練習の質と量を改善したら2022年春に初めてベスト16に入り、夏のシード権を取ることができました。この快挙は長坂さんと氏原さんのおかげです」

2023年はエース木澤卓也投手(現日大/軟式野球部)を擁して春夏ベスト16。夏は甲子園出場経験のある私学に初めて勝利することができた(4回戦、法政二に7-6)。目指す指針が上方修正され、2024年夏、2025年秋もベスト16入り。安定した戦績を収める「公立の雄」の一つとなった。
「ここからもうワンランク上のステージで戦いたい。ベスト16で満足するチームになりたくないのです。『市ケ尾に行けばベスト16に入れるんでしょ』というような気持ちで練習している選手がいたときは、本気で怒っていますから」。

菅澤監督は「甲子園」という夢を否定しないが、現実的な目標設定を重視している。練習では頻繁に「自己実現」という言葉を使う。自分で決めた目標に向かって、そこに行くまでのプロセスを全選手が共有して、やり抜いてほしいという考えだ。チームの目標は選手たちに考えさせている。

「新チームが始まった時、選手たちが決めた目標は『5回戦で勝つ。ベスト8入り』でした。チームスローガンが『〝執〟大成。最強最高への挑戦』。選手たちは、市ケ尾が初めてベスト16入りした2022年の48期と、歴代最強だった2023年の49期の先輩を超えることを目標にしています。 夏を経験したメンバーが9人残っているので、この代は楽しみなチームなんですよ」。

来年で就任10年。「初戦突破」が誇りだったチームを、県内有数の実力校まで引き上げ、公立校の可能性を大きく広げた菅澤監督。悲願のベスト8入りへ向けて、キャリアハイを目指す選手たちと節目を迎える菅澤監督。「〝執〟大成」の言葉には、特別な思いが込められている。(取材・文・写真:樫本ゆき)

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