「おれだって本気だ。勝ちてぇよ!」練習で流した初めての涙|甲子園優勝監督の失敗学(創志学園・門馬敬治監督)

高校野球の頂点に辿り着いた名将たちにも、失敗や後悔、苦い敗戦があった——。昨年発売された『甲子園優勝監督の失敗学』(KADOKAWA)の中から、高校野球指導者の方に参考となる部分を抜粋して紹介します。今回は創志学園・門馬敬治監督の章の一部を紹介します。

「おれだって本気だ。勝ちてぇよ!」練習で流した初めての涙

グラウンドに出て、すぐに走塁練習を始めた。

ずっと目指していた野球は「アグレッシブ・ベースボール」。気持ちの面でもプレーの面でも、とにかく攻め続けることで主導権を握る。

そのベースとなるのが走塁だった。原点からもう一度始める。門馬監督自ら一塁のリードの手本を見せ、ヘッドスライディングで帰塁した。選手も同様にヘッドスライディングで戻る。周りからは「バック!」の声がかかる。ただひたすら、地道な練習を繰り返した。「『本当に勝ちたいんですか!』という福山の言葉が、すべてを変えてくれました。あれで気付かされた部分はたくさんありました。もちろん、自分では本気でやっていたんだけど、選手から見たら本気には見えなかったのかもしれない。練習を見ていたら自然に涙が出てきて……、練習で泣いたのはあの日が初めて。それがどういう涙だったのか、自分でもわからない。周りを見たら、あいつらも泣いていた。選手たちの『勝ちたい!』という気持ちが伝わってきて、ぼく自身も『お前らには負けてねぇよ!』と思いながら、グラウンドで戦っていました。そこから、選手たちが勝手に練習をやるようになった。実際は、こっちが練習メニューを組んで指示を出すんだけど、やらされている感じがなく、自分たちで『よし、やろうぜ!

おれたちが監督を甲子園に連れて行こうぜ!』となっている。立場が逆転したような感覚と言えばいいのか、勝ちたい欲が監督を上回っていく。あいつらが、超えていったような気がしました」

夏の神奈川大会では、サイドスローに転向した一二三の復活もあり、決勝進出。決勝で長年のライバル横浜に9対3で快勝し、33年ぶりに夏の神奈川を制した。優勝の瞬間、門馬監督はベンチ前で顔をくしゃくしゃにして泣いていた。

試合後の取材で「どうすれば、神奈川を勝てるかわかりましたか?」という質問が飛ぶと、門馬監督は素直に「わからない。わかりません」と口にした。「限界がない。どこまで練習をすればいいのか未いまだにわかりません。夏の神奈川を勝ち抜くのは本当にきつい。だから、練習をやるしかないんです」

優勝したからといって、何かが見えるわけではなかった。

甲子園では決勝まで勝ち上がったが、春夏連覇を目指していた興南に1対13の完敗を喫した。興南ムードのアウェイの中、4回裏に大量7点を失い、最後まで流れを摑むことができなかった。指揮官には悔いが残ることがひとつある。「もっとやりようがあった。一番の悔いは、データを信じすぎてしまったこと。興南は準決勝まで5試合分のデータがありました。それまでの島袋(洋奨)くん(興南コーチ)は、ストレート主体のピッチングだったのに、うちとの決勝は変化球主体に変えてきた。うちの選手がストレートを打っていたのもあるだろうけど、配球の変化に対応するのが遅れてしまった。でも、島袋くんからすると何かを変えたわけではなく、変化球主体のピッチングも彼の引き出しのひとつ、ということ。自分たちが、『島袋を知らなかった』ということに尽きます」

試合数が多くなればなるほど、データが溜たまり、何かしらの傾向が生まれやすい。ただし、あくまでも試合前までの傾向であり、試合が始まればその一瞬一瞬での感性や閃ひらめきが勝敗を分けることになる。

この翌春には、夏の悔しさを経験した渡辺勝(元中日)や臼田哲也が主力を担い、2度目のセンバツ制覇を果たした。

(続きは書籍でお楽しみください)

「甲子園優勝監督の失敗学」
大利実
KADOKAWA
2024/7/31発売

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