【鹿児島実業】負けられない100の節目、「食トレ」で決めた甲子園

桜島を望む高台に位置した鹿児島実業は、強豪と呼ばれる数多くの部を抱える部活動の盛んな学校である。中でも野球部は甲子園優勝経験もある名門。新旧強勇ひしめく鹿児島で、第100回全国高校野球選手権

県勢唯一の甲子園優勝校、創部100年目の聖地へ


野球部・監督 宮下正一 (みやした しょういち)
1972年生まれ。鹿児島県出身。鹿児島実業では主将として3年春夏の甲子園に出場。夏は8強へ進出。卒業後は社会人野球のNKK(現JFE西日本)でプレー。2005年に母校監督となる。

今夏、鹿児島県勢最多を更新する春夏通算28回目の甲子園出場を果たした鹿児島実業(鹿実)。夏は19回目となり、最大のライバルとしてしのぎを削っている樟南と並び、こちらも県内最多となった。

今夏は絶対に負けられない理由があった。第100回の節目を迎えた選手権大会だが、鹿実の野球部も今年が創部100周年にあたる。「高校野球100年目」の大会だった2015年夏、学校創立100周年だった2016年春と、100の節目には必ず聖地の土を踏んでいる鹿実だが、チームを率いる宮下正一監督に圧しかかったプレッシャーは、過去の「100」とは比べ物にならない大きさだったという。
「OBを含めてあまりに盛り上がっていたのでね。普段はさほど気にも留めないはずなのに、これほどはっきりとプレッシャーを痛感したのは初めてでした」。

鹿児島県勢として唯一の甲子園優勝(96年春)を誇る名門で、県民から熱い支持を受け続けている鹿実。過去には智秋、正二、徹久の定岡3兄弟をはじめ、幾多のプロ野球選手を輩出してきた。宮下監督の同期にも甲子園で活躍した内之倉隆志(元ダイエー)がいたし、最近では本多雄一(ソフトバンク)、野田昇吾(西武)などが第一線で活躍を繰り広げている。先ごろ引退を発表した杉内俊哉(巨人)も同校OBだ。ちなみに現役では野田と横田慎太郎(阪神)が宮下監督の教え子にあたる。

しかし、近年は“宿敵”樟南の存在だけでなく、2000年代に入って台頭してきた神村学園の勢いもあって、決して悠々と先頭を走っているわけではない。実際、今夏のチームも苦しい状況を克服しての甲子園出場だった。

40分ほどの時間をかけて部員全員で行なうウォーミングアップは迫力も満点。「鹿実アップ」としておなじみで、近隣高校の野球部やその他の運動部が見学に訪れることもある。

夕食にありついた選手の表情からは練習を終えた達成感と安堵感が漂っている。

逆襲の原動力は「一杯の玉子飯」

学校に近い寮の食堂に全員が集合したところで夕食はスタート。その日の献立に加えて、各自が納豆やフルーツなどの「プラス一品」摂取を心がけている。

秋は神村学園に敗れて準優勝。翌春センバツへの参考資料となる秋季九州大会では明豊(大分)に0ー10の5回コールド負けで初戦敗退。苦しい冬を乗り越えて臨んだ春も、県準々決勝で樟南に3ー10のコールド負けを喫している。このふたつの力負けを乗り越えてきた背景にあるものこそが「食」である。負けを重ねるたびに練習はハードになっていく。それに耐えうるだけの体力、精神力を「食の力」で培ってきたのだ。

(左)昨年秋に導入した玉子飯。生卵とカツオ節を乗せ醤油で味付けしただけのシンプルな大盛りごはんだが、たんぱく質補給と練習での集中力維持、練習におけるパフォーマンス向上に大きな役割を果たした。
(右)玉子飯用に女子マネジャーが炊く米は1日6升。グラウンド脇から漂う炊煙が選手たちの食欲を誘う。

「鹿実は昨秋から練習の合間に補食タイムを設けた。山盛りの飯に卵をかけてカツオ節を乗せ、一気にかきこむ。米は毎日、女子マネジャーが6升を炊く。
「ウチの練習はハードで時間も長い。それなのに昼食から夕食までの間が9時間も空いてしまうのはどうなのか。『この間に1回入れてみては』という相談が保護者の方からありました。だったらやってみよう。やるなら徹底的にやろうと。米は保護者が段取りしてくれました。この取り組みはチームを強くするにあたって非常に大きかったですね」と宮下監督は語る。

取材日には月に一度の測定が行なわれていた。

補食のタイミングとしては全体で行なうアップ、キャッチボール、ノックなどを済ませた後に入れる。そして見る見るうちに補食の効果は表れていった。
「空腹でやっている状態よりも、明らかに集中力が増した感じがあります。 (腹減ったな……)と感じながらやっている時って、なかなか集中力を維持するのが難しいんです。玉子飯を始めてからは、練習にも集中力が出てきたし、練習量もたくさんできるようになった。同じ時間の中でもより効率的に数をこなせて、質も上がりました。こうなれば技術力も自ずと向上しますよね」。

春の準々決勝敗退後に、ようやく結果に結びついた。夏の前哨戦と位置づけられるNHK旗大会2回戦で樟南に2ー1とリベンジを果たすと、盤石の強さを発揮してそのまま大会を制覇。夏の第1シードを勝ち取り、甲子園出場へと繋げたのだった。

悲願の夏制覇に向けて高まる「食」への意識

補食後に行なうことが多い打撃練習でパフォーマンス向上を実感する選手も多い。

玉子飯より以前から、鹿実は「食トレ」を導入している。専門家の指導の下、「食」に気を配るとともに、選手個々に不足した栄養素は強化食で補っている。2015年の導入後すぐに夏の甲子園出場へと繋がったため、すべての練習終了後30分以内の、いわゆる「ゴールデンタイム」に強化食を摂取している。

2015年時点で県内最強のライバルと目されていた神村学園の選手たちの体格の良さが、鹿実の食トレ導入の動機の一つだった。鹿実にとっては、食トレで身体を大きくするという分野において先行していた神村学園を意識しながら身体づくりをし、チーム力を高めることができた点は大きかった。
「チーム全体の数値がライバル校に匹敵するほどになったことが『俺たちは体力で負けてはいない』という自信の根拠になったし、選手を奮い立たせる材料にもなった」と宮下監督は語る。

守備練習でジャンプノックを行なう選手たち。

チーム内で統一目標を設定することは、チームの結束力を高めることにも繋がる。結果的に、夏の準決勝で神村学園に3ー2で競り勝ったことと、決して無縁ではなかったのである。
「選手たちの食べることに対する意識がすごく強くなりましたよね。『食わなきゃハードな練習に耐えられない。練習に耐えられないなら野球も上手くならない。選手個々が伸びてこなければチームとしても強くなれない。食はすべてに繋がってくるんだ』という話はこんこんとしました。食事がメンタルにも技術的にも繋がってくるということ、食トレの大事さを痛感した1年になりました」と、宮下監督は言う。また「今の高校野球に太刀打ちしようと思えば、また、全国レベルで勝っていこうと思えば、最低限これぐらいのことをしないと戦っていけないのかなと思います。どこでも取り組んでいることなので。そこに乗り遅れたくないという気持ちもありますよ」と言った。

伝統の「鹿実」ユニフォームに袖を通し気迫みなぎる全部員。長きにわたって鹿児島県を引っ張ってきた鹿実は、依然として県民から高い支持を得ている。

今夏の甲子園は吉田輝星を擁する金足農に初戦敗退。チームは9安打を放ったものの吉田の剛球にわずか1得点、14奪三振と沈黙した。本物の国内トップクラスを体感したことで、鹿実は「食」に対する意識を一段と高めたに違いない。

甲子園の思い出

「大会ナンバーワン」と注目された吉田輝星(金足農)の前に14個の三振を奪われ初戦敗退を喫した鹿実。「あんな直球の球筋は見たことがなかった。こちらの想像をはるかに上回るレベルでした」と、さすがの宮下監督も吉田に脱帽するしかなかった。

鹿児島実業高校DATE

所在地:鹿児島県鹿児島市五ケ別府町3591−3
学校設立:1916年
直近の戦績:
2018年夏・県大会優勝、全国高校野球選手権1回戦
2018年春・県大会準々決勝
2017年秋・県大会準優勝、九州大会2回戦

(文・写真:食トレマガジン#7より)