実際の距離は15kmではなく19km? 驚きの中スタートした日光国立公園マウンテンランニング大会
世界遺産を走る――。
そんな稀有な体験ができるトレイルランニングの大会がある。
日光国立公園マウンテンランニング大会だ。
修学旅行や観光のメッカとしても名高い日光は、1999年12月に、世界遺産に登録された。東照宮、二荒山神社、そして輪王寺の建造物と、周辺の自然環境が一帯となって形成する文化的景観が評価されたのだ。
ふだんは走れない東照宮の表参道にスタートとゴールのゲートが設けられ、紅葉真っ盛りの時季に日本百名山の男体山や、二百名山の女峰山の大自然も楽しめるこの大会。2016年の第1回目からトレランフリークの人気を博し、今年も30㎞コースに約1000名が、15㎞コースには約500名が参加した。
11月11日に開催された第3回大会を通して、肌で感じたその魅力をレポートしたい。
便利な大会専用列車に乗って、トップ選手と交流
今年はある新しい試みがなされた。浅草駅から東武日光駅まで直通の、大会専用列車の運行だ。せっかく日光に来てもらうのだから、日光を楽しんでほしい。そんな大会実行委員会の思いが、東武鉄道、東武トップツアーズの協力で実現した。これに乗れば、受付やコースの説明などは車内で行われるので、着いたらすぐに観光ができるというわけだ。今回は27名が参加。中には愛媛や仙台から、という人も。


大会専用列車を利用した、ともにトレラン歴5年の松本澄香さんと中田淳子さんは「こういう企画はいいですね。大会の前日は、日光を満喫したかったので。東照宮のライトアップも楽しみです」と話していた。ちなみに、大会を特別後援している日光東照宮のライトアップは、大会の開催時期に合わせて9日から11日までの限定で行われる。

大会専用列車には、星野由香里選手と福島舞選手という、2人のトップトレイルランナーも乗車。軽妙なトークで、車内を盛り上げた。大会のコースプロデューサーでもある星野選手は今年、UTMFでは4位に入り、スカイランニングのワールドシリーズでも大健闘。一方、今大会のゲストランナーの福島さんも、今年の活躍は目覚ましく、スリーピークス八ヶ岳トレイル38kで1位になるなど、3つの大会で頂点に立っている。
星野選手は8月に、日本百名山にもなっている日光の男体山(2486m)を24時間で実に8往復し、昨年自身が打ち立てた新記録(7往復)を更新した時の話を披露。さしもの星野選手も挑戦が終わると、車に乗る時に足が上がらず、手で持ち上げなければならなかったそうだ。
ふだんの練習内容を教えてくれたのが福島選手。平日は仕事をしている福島さんは、10㎏を背負っての通勤ランや、仕事が終わってからの皇居の周回など、ロードで鍛えている。ロードランの月間目標は600㎞。土日を山でのトレーニングに充てているそうだ。
レースに向けて日々ストイックな生活を送っている星野選手と福島選手だが、ともにお酒好きの側面も。福島選手は「下山後のビールがトレランの醍醐味」と言って、参加者を笑わせていた。


古い歴史を持つ日光はお楽しみも盛りだくさん
日光は、766年に勝道上人が男体山の山麓に四本竜寺を建立したのが起源だといわれている。その歴史は古い。東武日光駅前には、勝道上人の像がある。以後、日光は山岳信仰の対象になったが、ターニングポイントになったのは、徳川家康を祀る社殿、日光東照宮の創建だ。日光は幕府直轄の地となり、存在をより際立たせることに。それから約20年の時を経て、日光東照宮は三代将軍・家光の手によって、現在に至る豪華な姿へと改築された。


大会本部は、東照宮へと続く参道に設けられていた。紅葉の見ごろとあって、大勢の観光客でにぎわいを見せる中、前日受付にやって来た参加者の姿も目立つ。受付を済ませた舘山愛子さん、石井真実さん、増村修英さんの3人組に声をかけると「散策しながら、日光の紅葉を楽しんでいます」と、そろって笑顔を見せてくれた。3人はトレランチームで知り合ったという。参加者にとって、日光でのメインはもちろん大会で走ることだが、ハイシーズンの観光を大会会場で楽しめる。これは、日光国立公園マウンテンランニング大会の大きな魅力だろう。

紅葉以外にも、日光のお楽しみは枚挙にいとまがない。日光出身の星野選手のオススメは「日光は水がきれいなので」と、ソバと湯葉。ビール党なら、星野選手も常連の肉料理と様々なクラフトビールが味わえる「Beer Restaurant Nikko えんや」がイチオシだという。
温泉どころでもある日光は、日帰り温泉の施設もある。大会実行委員会の星野晃宏さんは、「走った後に行くなら車になりますが、『やしおの湯』がオススメです」と教えてくれた。
もちろん甘味処もいろいろあり、星野(晃)さんによると、揚げ湯葉饅頭なら東武日光駅前の『さかえや』が、その他、『みしまや』の人形焼き、『三猿』が人気だという。
この『みしまや』、大会当日は参道に出店を出していた。ご主人である中山圭一さんの妻・靖子さんによると、『みしまや』はもともと代々続く日光彫りの店で、圭一さんは4代目。彫刻家でもある圭一さんは5年前、“食べる彫刻”を作ろうと、日光の三猿をモチーフにした型を作り、それで人形焼きを。彫刻家の作品らしい本格的な型で作った人形焼きは、とても立体感がある。圭一さんは型だけでなく、人形焼きの味にもこだわっており、餡なども全て手作り。ほどよい甘さの『三猿』は、大会会場でも人気で、30㎞の部に出場した圭一さんがゴールする頃には全て売り切れになっていた。



トレイル界をけん引する15選手が顔をそろえた開会式
大会当日。開会式では、豪華な顔ぶれが招待選手として顔をそろえた。大会発足時にアドバイザーとして関わった松本大選手、Skyrunning日本選手権2位の実績がある近藤敬仁選手、今年のSJSびわ湖バレイスカイレース優勝の星野和昭選手、山岳スキー日本選手権優勝の加藤淳一選手、今年のUTMFで6位の大瀬和文選手、今年のOSJ新城トレイル32Kで3位の谷允也選手、今大会のディフェンディングチャンピオンの上田瑠偉選手、今年のトランスジャパンアルプスレースで無補給チャレンジを達成した望月将悟選手、万里の長城マラソンで3度優勝の青木ヒロト選手、女子では、今年のSTYで男女総合5位の吉住友里選手、2016年のスカイランニング世界選手権日本代表の長谷川香奈子選手、今年のOSJ新城トレイル32㎞優勝の斎藤綾乃選手、前述の福島舞選手、今年のTransLantau女子総合2位の矢田夕子選手、今年の信越五岳トレイルランニングレース110㎞準優勝の山室宏美選手の、15選手である。
選手の名前が紹介されるたびに、参加者からは「お〜」という歓声が上がる。これだけの選手が、招待選手として一堂に会す大会はそうはないだろう。

開会式は7時スタートの30kmの部と、9時スタートの15kmの部の、2度行われた。前者では、輪王寺の方々による法螺貝の演奏が、後者では『足尾和太鼓チーム銅』による演奏が、スタートを待つ参加者の心を奮い立たせた。天空に駆け上がるような法螺貝の音色も腹に響く太鼓の音も“いざ出陣、これから旅が始まる”というムードを醸し出す。
それにしても、このように開会式が部門別にそれぞれあり、しかも、これほど丁寧に行われる大会は珍しい。15 kmの部に出場する参加者の一人は「15kmの部でもしっかり開会式があり、しかも演奏までしてもらえるとは思いませんでした。こういうところにも、地元・日光の温かさが感じられます」と言っていた。
その15 kmの部の開会式では、ちょっとした一幕があった。コースプロデューサーの星野選手から「実際の距離は15kmではなく、19kmくらいあります」と告げられたのだ。「え~!マジですか」。参加者からは驚きとため息が入り混じった声が上がる。ただ、考えようにとっては、それだけ余分に楽しめるということになる。“19kmの部”の参加者たちは、覚悟を決めて!? 一斉にスタートした。


タフなコースも、随所にランナーへのご褒美が
筆者も走らせてもらった15kmの部は、初心者向けと銘打たれていた。だが、それをいぶかるほど、川渡りあり、ぬかるみあり、ちょっとしたアドベンチャー気分を味わうには十分な、なかなかタフなコースだった。
スタート後、5km地点あたりまでは延々と上りが続く。スタート・ゴール地点の東照宮の参道が標高634m(スカイツリーの高さと同じ!)なので、約600m上るわけだが、傾斜がけっこうきつい。
なんとか登りきると、このコースの最高標高である1200m付近に。ここでは、最初のご褒美が待っている。美しく紅葉した日光連山にお目にかかれるのだ。参加者は次々にカメラを構える。そして、さらに歩を進めて森を抜けると、日光連山を見渡せる絶景が。山々を横目にトレイルを走るのはとても気持ちがいい。


そのあたりから第1エイドまではしばらく下りが続く。30kmの部の参加者たちとすれ違うところでもある。こちらは下りなので「お疲れさまです!」「ナイスランです!」などと元気に声をかける余裕があるが、上ってくる30kmの部の猛者たちは、息が荒く、表情も険しい。
無理もない。上りというのもさることながら、彼らはすでに、霜降高原名物の天空回廊と呼ばれる1445段の階段もクリアしてきたのだ。それでも挨拶を返してくれる彼らに、同じランナーとして敬意を払わずにはいられない。
第1エイドまであと少し、というところには水場が。滝からの透き通った水が流れる20mほどの川を渡らなければならない。見た感じは浅く、さほどシューズが濡れそうもなかったが、いざ渡ると中までグッショリに。目が覚めるような冷たさだ。だが、不思議に不快ではなく、むしろ心地良く、気持ちがリフレッシュされた。アイシングの効果もあったのか、ここから第1エイドまでは順調に走れた。

スタートから8㎞くらいの地点に設けられた第1エイドには、ここまで走ってきたランナーの心を癒し、お腹を満たすものがテーブルいっぱいに並べられていた。一番人気は、ひと口サイズのコロッケ。ランナーたちは、美味しいこのコロッケに次々と手を伸ばす。また、疲れている時は甘いものを、ということで、日光を代表する和菓子『きぬの清流』もあり、さらにはオレンジやバナナも。数種類のウォーターサーバーには『飲む点滴』と呼ばれる甘酒もあった。


筆者にとっては、久し振りのトレランの大会。直前2週間の間に2度、16㎞走を行うなどして、一夜漬け的な準備はしてきたものの、後半はザックからカメラを取り出して撮影するゆとりがなかった。
最後のエイドを過ぎると、そこからは3㎞ほどのロード。下りで走りやすいこともあり、残っていた力を振り絞るも、ゴールまであと1㎞くらいのところで待ち構えていたのが、上り下りの階段に石畳。これはこたえた。

それでも東照宮の境内に入ると、沿道の応援に押され、足が前に進む。ありがたい。この日しか走れない世界遺産の地を走っている、という思いも力となり、笑顔でゴールすることができた。
ゴールした瞬間の、体を包み込む達成感――。これもまた1つのご褒美かもしれない。
レースを終えた参加者は、振る舞われた日光の手打ちそばをすすりながら、その味とともに、達成感を味わっていたに違いない。


いずれも15kmの部に出場した藤原秀則さん、新田知佳子さん、竹田光さんの3人組も表情に達成感が溢れていた。レース後は、ゆっくり東照宮のライトアップを楽しむという。実は藤原さんは、この日が初のトレラン大会。学生時代からの友人の、新田さんと竹田さんのサポートを受けながら、制限時間まで20分を残して、完走を果たした。藤原さんは「途中では完走できるか不安になりましたが、ゴールした時は本当に嬉しかったです」と笑顔だった。

では、この大会は3人にどのように映ったのだろうか。今回が2度目の出場の新田さんは、こう答えてくれた。
「観光シーズン真っ盛りの時期に開催されるトレランの大会は、そうはないのでは。大会だけでなく、日光も楽しんでほしいという主催者や地元の方の思いが、よく伝わってくる大会だと思います」
参加者は、また日光を好きになったに違いない――。