【智弁和歌山】中谷仁監督「厳しく指導するのは技術より人間的な部分」
甲子園で通算68勝を挙げた高嶋仁前監督が勇退したのがちょうど4か月前。突然の報道に、驚いた高校野球ファンも多かっただろう。その名将からバトンを受けた中谷仁監督は今、智弁和歌山の新しい時代を築くために奔走の最中だ。
中谷監督は高校時代、夏の甲子園初制覇の97年、主将としてチームをまとめ仲間から全幅の信頼を寄せられた支柱的存在でもあった。阪神にドラフト1位指名で入団したのち、楽天、巨人でもプレー。昨年1月からコーチとして母校に戻り、後輩の指導にあたってきた。そして監督就任。コーチとして昨夏から3季連続で指導者として甲子園を経験したが、来年はいよいよ監督して大舞台を踏むことになる。
「もう、あっという間に12月が来てしまったという感じです。実は監督に就任した当時は監督をすることがこれほど大変なことだとは思わなかったんです。でも、実際にやってみると決めることも多いし、この時期はあちこち顔を出す場も多いし、本当に大変だなと。高嶋先生が築き上げてきたものを継承していかないといけないんですけれど、これから自分が何をやっても比較の対象にはなるとは思います。結果が出れば高嶋先生の作ってきたチームだし称えられますけれど、負ければ批判される標的にもなる。近畿大会では大阪桐蔭に勝てましたけれど、その次の試合で大敗してしまって、相当厳しいことを言われましたしね」。
現チームには黒川史陽、東妻純平ら前チームからの経験者は多く残るが、甲子園でホームランを放った林晃汰(広島4位)や冨田泰生のような超高校級プレーヤーは不在だ。だからこそチーム力や組織力で勝負していくチームだと指揮官は言う。
昨秋は大量リードを許す中、終盤に跳ね返して勝利した試合も多く、ここ一番に強いメンタルの持ち主が多いことがはっきりした。智弁和歌山と言えば強いと称される年は全体的に派手なイメージが先行していたが、それだけじゃないチーム作りもにらんでいる。
重視するのは人間性。「智弁和歌山から出た選手は次の世界でも必要とされる選手であり人間になって欲しい」というのが中谷監督の願いだ。高校野球では甲子園という大きな目標があるが、それが人生の全てではない。
「高校野球の中で3年間に賭ける大きな目標があっても、ここで燃え尽きて欲しくない。ここから先が本当の人生。厳しく指導するのは技術より人間的な部分の方が多いです。高校生とはいえ子供なので、出来ないことの方が多い。その前提で話をしているので、出来なくて当たり前の中で出来るようになるために一緒に考えていくのがこの3年間です。ウチの選手は大半が大学に進むので、社会に行くまでの時間に周りから評価される人間になってもらいたいんです」。
練習での中谷監督の表情を見ていると、大きな声を張り上げたり、厳しい言葉を連発することはほぼない。中谷監督のモットーは「教えないこと」だ。言葉だけを見ると疑問符がついてしまうが、この中には深い意図がある。
「指導者は基本的には教えてはいけないんですよ。教えられすぎている選手は、ほとんどが教えられるまで自分で変えることができないんです。自分で工夫ができないとも言います。要は感じることができなんです」。
野球を通じて社会に出ても大切なことを教えたいと思っても、実際は社会に出て手取り足取りずっと教えてくれる者はいるだろうか。最初はやるべきことを教えてはもらうが、それ以降は自分で考えて動かなければならない。実際に現場に立っていくうちに「こういう時はどうしたらいいんだろう。こうしたら相手はどうなるだろう」と相手の気持ちになって考えれば分かることも多い。それが積み重なり“気づく”という感性が磨かれていく。
最初は壁に当たったり失敗することも多いが、中谷監督は結果に関してはとやかく言わない。「結果よりも結果に対してのプロセスが大事。そこに向かうために、どう取り組んできたかです」と話す。(取材・写真:沢井史)