アスレティックトレーナー立花龍司さん指導者講習会レポート(1)

12月15日、「ヤキュイク」にも度々登場していただいている宇野誠一さんが監督を務める市川リトルシニアが主催して、各地の指導者を集めての講習会が行われた。講師はアスレティックトレーナーの立花龍司さん。近鉄、ロッテ、ニューヨークメッツ、楽天でコーチを務め、また育成年代から社会人野球までアマチュア選手の指導にも長年深くかかわっている。まさに野球のトレーニング、コンディショニング分野の第一人者である。そんな立花さんの講演について今回はレポートする。

今の野球界の問題点

講習会レポート(2)
講習会レポート(3)

前述したように立花さんと言えば第一線で長く活躍されてきたアスレティックトレーナーである。しかし今回の講演のテーマは『子どものやる気を最大限に引き出すコーチング』というもの。その内容は、今の野球界の問題点からスタートした。
「ある県のスポーツ少年団の方に聞いたところ、今一番部員が多いのはサッカー、次がバスケットボールで野球はその次だそうです。そして野球のイメージを若い人に聞くと『怖い』という回答だと言うんですね。これは間違いなく指導者の高圧的な態度に原因があると思います。何かにつけて根性で片づけることが多い。でも苦しい時に頑張れるか、乗り越えられるかというのはどれだけ野球が好きかで決まります。そのためにも子どもの時にいかに野球を好きになるかというのは極めて重要で、ここにいる指導者の皆さんはそれを担っていると思ってください」
 
また、野球に限らずスポーツの現場で繰り返される暴力についても触れた。
「最近でも指導者が選手に暴力を振るっている映像が流れて問題になりましたが、日本はそもそも法治国家で、体罰というのは暴行であって法的に認められたものではありません。もし街中で暴力を見かけたら普通は止めるはずです。それがグラウンドや体育館の中では誰も止めないというのは周囲もおかしいですよね。ただ今の現場ではまだまだそれが当たり前になっている。体罰というのは指導者にとって嫌なことを暴力で片づけているだけです。また暴力は連鎖します。暴力を使った指導を受けた選手が指導者になると暴力を繰り返すことが多いです」

学ぶことをやめる時はコーチをやめる時

前段で現在の問題点を述べた後、そもそも『コーチ』というのはどういう意味があるのか、どのような役割を果たすべきなのかという話に進んだ。

「日本の指導者はそもそもコーチという意味を知っている人が少ないです。自分が調べた時なので少し古い話ですが、当時の辞書には(1)スポーツの指導者、(2)家庭教師、(3)長距離客車、(4)馬車と書いてありました。1500年代にコーチという村で馬車が初めて作られたことが語源だそうです。そして1600年代に行為としてのコーチングという言葉が生まれたと言われています。
馬車や客車から来ている通り、語源は運ぶということから来ています。一言で言うとコーチとは『大切な人たちを目的地まで安全に確実に送り届けること』ということになります。大切な人たちというのは選手のこと。目的地はその選手の目標、なりたい姿ですよね。
その選手を安全にと言っているのに暴力があったら話になりません。確実にということはその選手によってやり方を変える必要があるということです。よく『〇〇理論』みたいなことを言うことがありますが、一つのやり方だけではそれに合わない選手は育たないということになります。だから十人十色、それぞれの人に合ったやり方が必要になります。またやり方は時代によっても変化します。だから学ぶことをやめる時はコーチをやめる時だと思ってください。それくらいコーチとは重たい仕事です」

学ぶことをやめる時はコーチをやめる時。指導者にとっては何とも重い言葉ではないだろうか。そして話は具体的なコーチングの手法へと進んだ。

「先ほども高圧的な指導が多いというお話をしましたが、その背景には日本特有の悲しい歴史があります。そもそも日本には体を使って(スポーツを)楽しむという文化がありませんでした。剣道、柔道など全ては武道、すなわち立派な兵隊にすることが目的だったんですね。一方で海外でのスポーツは『National Pastime』、国家的な娯楽だったんです。
昔の日本の野球の指導に関する資料を見ると、練習が終わった後に血の小便が出ているかチェックして、出ていない選手は追い込みが足りないというような記述があります。娯楽とはかけ離れていますよね。
そんな当時の指導は『命令絶対服従型』です。言い方を変えると暴力型、恐怖型で、指導者から選手への一方通行しかありません。ただそんな指導方法でもある程度の選手は育ちます。ただそれなりのレベルにはなっても、消えてしまうというのを繰り返すことになります。それは指導者からの一方通行だから選手が自分で考えることができなくなって、『指示待ち』の選手にしかならないからなんですね。またこの指導方法は指導者にとっては楽です。高圧的に短期的に指示をすれば済みますから。
でもコーチは選手を目的地まで安全に確実に送り届けなくてはならない。それを考えるとコーチングはそういった瞬発力ではなくて、マラソンランナーのような持久力が必要になります。これはプロの指導者でも、ボランティアで野球を教えている指導者でも同じです」

次回は「具体的な選手、子どもへのコーチングの手法」についてお届けします。

(取材・写真:西尾典文)

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