レース前日に眠れない……タレントで睡眠改善インストラクター・西谷綾子さんが語る「睡眠とRUN」
(写真 Eliana)
3人に1人が睡眠の悩みを持ち、10人に1人が導入剤などの薬を飲んでいるといわれる現代。
『睡眠負債』という言葉もよく耳にするが、ランナーのみなさんは毎日よく眠れているだろうか? ランナーにとっても、もちろん睡眠は大事だ。
「良質な睡眠をとるようにすれば、走りも良くなります」
こう話すのは、フルマラソン3時間切りを目指している、タレントの西谷綾子さん。
西谷さんは睡眠改善インストラクターの資格を持ち、講演やセミナーなどを行っている。そこで西谷さんに、ランナーのためになる睡眠に関するあれこれを聞いた。
良質な睡眠を得るための基礎知識
そもそも、なぜ西谷さんは睡眠改善インストラクターの資格を取得したのか? 実は西谷さんも、睡眠の悩みを抱えていた。
「1日の中でたくさんやりたいこと、やらなければならないことがある中で、どうしても削ってしまうのは睡眠。私もそうやって頑張っていた時期がありましたが、だんだん集中力や判断力が低下するようになって……。寝ずに頑張っているのにどうして……とジレンマに陥ったこともありました。それと、寝つきが良くないことが多く、うまく眠れない日が続いた時も。当時は、夜が来るのが怖い……そんな感じでしたね。当然のように体調は芳しくありませんでした」
そんな日々を送っていた西谷さんだったが、資格を取得するための勉強をしていく中で、自身の睡眠が改善されていく。睡眠が大切な理由や、良質な睡眠を得るためのすべを知ったからだ。たとえ眠る時間が不規則になっても、睡眠時間をしっかり確保するようになり、熟睡できるようにもなった。
「今はどういう状況でもぐっすり眠れるので、小さなことでイライラしなくなりました。ストレスが溜まりにくくもなりましたね」
西谷さんによると、睡眠は受け身ではなく、自分で積極的に行っていくものだという。では、どうすれば良質な睡眠が得られるのか? 西谷さんにいくつか、基本的なポイントを教えてもらった。
1.眠るための『環境』を整える
■枕の周りにものを置かない
スマホやリモコン類を枕元に置くのは厳禁。置いてあると、眠っていても無意識に注意を払ってしまう。
■布団は眠る場所にする
布団に入ったら、何もしない。布団の中でスマホを触ると、脳が『布団はスマホを触る場所』と記憶し、活発に働いてしまう。どうしても眠る前にスマホを見る習慣がやめられないのであれば、別の場所でスマホを見るようにする。
■夜のライトは暖色系にする
夜になれば外は暗くなるが、部屋のライトが明るいと、眠るための準備ができない。明るいリビングに3時間いると、眠るホルモンであるメラトニンが半分失われてしまう。夕食を済ませたら、部屋のライトを暗めにし、眠る準備を始める。
2.ぐっすり眠るための『生活習慣』を整える
■朝起きたら、太陽の光を浴びる
起床したらカーテンを開けて、太陽の光を浴び、体内時計をリセットする。成人は、脳に光が届いてから16時間後に眠りのホルモンが分泌される。
■朝食はしっかり食べる
朝食は『これから動きます』というサインになるので、しっかり食べるようにしたい。ベストなおかずは、魚や納豆。この2つには、眠るホルモンであるメラトニンの原料となるトリプトファン(必須アミノ酸)が多く含まれているからだ。このトリプトファンは、昼間は幸せホルモンと呼ばれるセロトニンに変わり、日中の心を穏やかに保つ。そして、夜になると、セロトニンがメラトニンに変わるのだ。「朝は時間がない」、あるいは「朝食を食べる習慣がない」という人は、まずは朝の光を浴びながら豆乳を飲み、タンパク質を摂ることから始めてみよう。
■休憩時間にスマホをいじるのはほどほどに
情報のうち、目から入ってくるのは約8割を占める。現代生活には欠かせないスマホやパソコンだが、目から入ってくる情報が過多になると処理が追いつかず、せっかくインプットした情報が生かせません。休憩中は、情報を遮断する時間を作り、目や脳を休ませ、脳に空き容量をつくる作業も大切です。
■シャワーより入浴を
体温には表面の体温と体の中、つまり深部体温がある。眠りは、後者が上がり、急激に下がったタイミングでやってくるが、シャワーだけではこの深部体温が上がりにくい。したがって、なるべく湯船につかるようにしたい。就寝の1時間前くらいに、38度から40度くらいのぬるめのお湯で半身浴すると、眠りに入りやすい。
また、足元が冷えると寝つきにくくなるので、風呂上りは(シャワーの後も)、レッグウォーマーなどで足首を温めながら足先を出し効率よく体温を放熱することがオススメ。
睡眠はホルモンが分泌される最初の3時間が最重要
ではランナーは、睡眠において、特にどういうことを意識する必要があるのか。西谷さんは「ランナーは、運動をしていない人以上に、疲労を回復し、筋肉を修復しなければならないので、深い睡眠をとってほしい」と話す。
深い睡眠をとるには、最初の3時間が勝負になる。なぜなら、深い睡眠は入眠からの3時間でしか得られないからだ。この3時間が、成長ホルモンの分泌時間となり、疲労回復、筋肉の修復、お肌の再生などが行われる。したがって、この時間にいかに深く充実した睡眠を得られるか――。
そのためには、本睡眠の前に寝てしまうのは禁物だ。帰宅時の電車の中で、あるいは帰宅後にうたた寝をしてしまうと、本睡眠が浅くなり、スッキリと起きられなくなる。もし夕方になると眠くなるなら、昼間に20分くらいの仮眠をとるか、1分から5分程度、目をつぶるなどして、うたた寝を前倒しする。平日にこうしたことができないランナーは、休日の昼間に仮眠を。ただし、この時に寝過ぎてしまうと、本睡眠を妨げてしまうので注意したい。
もう1つは、夜のランニングの時間帯だ。ランナーの中には、仕事を終えてからトレーニングをしたり、帰宅後に走る人が少なくないが、深い睡眠を得るには、眠る前の激しい運動は控えたい。体が疲れてすぐに眠れそうに思うが、深部体温が一気に上がり、下げるのに時間を要するため、寝つきにくくなってしまうのだ。夜にポイント練習をする場合は、遅くとも眠る2時間前には終えるようにする。これが鉄則だ。
もっとも適した時間帯は、起床から11時間後(起床7時なら18時くらい)。この時間帯は、深部体温が高い状態なので、運動することでさらに体温が上がり、質の良い睡眠が得られる。
ランナー特有の睡眠の悩みを解決するには
ランナーには、ランナーならではの睡眠の悩みがある。例えば、いつもはよく眠れるのに、レース前日になると、気持ちが高揚してなかなか寝付けない――。こういうランナーは多いようだ。西谷さんに対処法を聞くと、このように答えてくれた。
「脳が興奮して、どうしても眠れない時は、ダイレクトに大脳を冷やしてください。氷枕で、耳から上を冷やすと、寝つきやすくなります。足首を温めたり、帰宅したら部屋のライトの明かりを落とすのも、解決策です。それでもダメな時は、横になって目をつぶっているだけでも体は休まります」
そして、こんなアドバイスも。
「大会の1か月前からは、毎日いつもより10分でいいので早寝をするといいでしょう。積み重ねていけば、1か月の睡眠時間が7.5時間多くなるので、その分、体が整うと思います」
また、よく聞くのが「朝ランをしたいが、なかなか起きれない」という悩み。「6時に起きたいのなら、眠る前に『6時に起きる、6時に起きる、6時に起きる』と、3回つぶやいてください」と西谷さん。えっ、それだけ……?
「3度つぶやくだけで、脳がプログラムを作ります。つぶやいた時間に合わせて血圧や血糖値が高まり、起きる準備を。この自己覚醒法は、練習するほどに上達します。自発的に起きる方が目覚めが良いです。」
ただ、冬場は目覚めたとしても、なかなかエンジンがかからないのが正直なところ。
「そういう時は、温かい飲み物で体温を上げるといいでしょう」ちなみにお酒は「眠るための寝酒としては使わないでほしい」とのこと。
「入眠はしやすくなるかもしれませんが、3時間後には覚醒するといわれています。あくまでも楽しむためのものにしてください」
睡眠時間は人それぞれ異なる。ショートスリーパーもいれば、絶対に8時間以上寝ないとダメな人もいる。年齢によっても変わってくる。年を重ねると、基礎代謝が落ち、睡眠時の情報処理が少なくなるため、ほとんどの人が若い時よりも睡眠時間が短くなる。
大事なのは、自分に合った睡眠時間を知ることであり、良質な睡眠を得ること。それは大好きなランニングがより楽しくなることにもつながる。西谷さんの話を参考に、自分の睡眠を見直してみてはどうだろう。
西谷綾子(にしたに・あやこ)1986年4月4日生まれ。鳥取県出身。オスカープロモーション所属。倉吉北高時代はインターハイ・ウィンターカップ3年連続出場。モデル時代に表紙を飾ったランニング雑誌を通じて、本格的にマラソンに打ち込む。2010年の初フルマラソンで3時間40分40秒を記録。2016年東京マラソンで、3時間1分32秒の自己最速記録をマーク。TVバラエティーや、2013年に取得した睡眠改善インストラクターの資格(日本睡眠改善協議会)を活かし、講演会やセミナーを行うなどマルチな活動をしている。
・好きなランニングコース
砧公園・好きな音楽
平井大